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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「食事を続けてください。私は…もう済ませたので付き合えませんが」
笑みを含んだ柔らかな声。ツメを隠したしなやかなネコの手を、ルーシャは連想した。

ほほをなで上げる死の予感。身は駅宿の酒場にありながら、古い記憶が呼び覚まされる。ホコリっぽい修練場。水が滴る地下迷宮。技量と共に繰り返し叩き込まれた言葉が耳元に蘇る。


ヴァンパイアと対決する時は魔眼を警戒せよ。目を介して心を侵し、記憶を歪め偽りの快楽を植えつける。意志が弱ければ魂と体の自由を奪われる。強き壁を心に備えねばならぬ。

死人ゆえに加減を知らぬ手は、骨をも握り潰す。間合いに飛び込むときは、常に動き、四肢を掴ませてはならぬ。


眼前のヴァンパイアはフードを深くかぶり、目は見えない。かえって黒い布の向こうに光る、力持つ瞳を意識させられる。

磨耗した木目の上につかねられた白く長い指。脅威だが、イスを蹴って下がれば間合いの外だ。

「注目の的では落ち着けませんか」
眠り続けるハジムの横でヴァンパイアが右手を上げた。酒場の客たちが一斉に外へ出て行く。
「声が届かなくとも、心に命じれば彼らは身を紅く染める…でも見えなければ少し気が楽でしょう」

この事態に至ってもハジムは目覚ない。しもべとなった亭主に一服盛られたか。安らかな寝息。致死性の毒ではなさそうだ。

つまり、魔物の狙いは、私か。

エクアタの報復だろうか。
無力だと見下していた“人”に滅ぼされかけ、みじめな敗走を強いられた事への。失いかけた傲慢な誇りを取り戻す為の。
あるいは闇の命を与え、獣人を預けてくれた主の叱責を避け、体面を守るための。

もし追ってくるなら、動機は自尊心だとアニーが言っていた。転化したてのヴァンパイアは、人より優れていることを誇示したがる。ミルペンで殺しに興じていた、愚かな不死者の様に。

「西の果てのキングポートから密林のエクアタまで、執拗に私を追ってきたのはなぜです。英雄の名声欲しさですか」
最初は救うためだった。罪を重ねる若者を、その病んだ心を哀れんでいたと言ったら、このヴァンパイアは怒るだろうか。

「ルーシャ!」
オットーの叫びが落ちてきた。だがアニーの声がない。報復だとすれば、破邪呪と火炎呪を使った私だけでなく、首を刺し心臓を貫こうとしたオットーも対象か。邪魔なアニーはハジムと同じ様に、眠らされたのかも知れない。

「お静かに。お仲間の眼を再び失いたくなければ、ですが」
魔物の言葉に、階段を駆け下りるオットーの足が止まった。

やはりティアは繋がっていたか。ハジムの目を治した奇跡の様な回復呪。立ち寄った教会で歳若い司祭や聖女に聞いたが、類似の方陣も呪も見聞きしたことが無いと言われた。
おそらく、ウォータで子供の深手を痕も残さず治したものと、同じ術式。

「お前こそ、何のために海を渡ってきた」
「太守を滅ぼし、城にいた文官にまで禁呪をかけたモル司祭を…殺す、ために」
仇討ちか。
「そのために、生き血を貪り悲しみを広げているのか」
モルは気に入らないが、仮にも仲間を殺すと明言した魔物を見過ごす事は出来ない。

「人も人を殺し、悲しみを広げていますよ」
「詭弁だ!
確かに人は殺し財を奪うかもしれない。だが、命は盗まない。他人の心を捻じ曲げ、意に反した忠誠を強いたりしない」
黒いフードがかすかに動揺した気がした。

「血を、命を、売り買いするのは罪だ。道具の様に利用されるなんておかしい。人は平等であるべきだ!」
それが理想に過ぎないのはわかっている。現実に人は売られ買われ使い捨てられている。魔眼にも似た心を操る術式や、血の呪縛に似た作用を持つ毒物も存在する。

だからといって、眼前の魔物を認める事は出来ない。
「変わりませんか…350年前と」
呟きの意味を問おうとした時、ヴァンパイアが立ち上がり、滑るようにカウンターへ向かった。

数枚の金貨を積まれた亭主が、ソーセージの様な指から紅い指輪を外し、白い手に渡した。直後に、悲鳴を上げ腰を抜かす。はいずってヴァンパイアから逃れようとしている。
亭主はしもべではなかったのか。

あの紅い指輪、ティアの指にもはまっていた。父親の形見だと言っていたが…あれが血の絆の代わりか。
「娘は引き取ります。あなた方はティアの望みを叶えられない」

弾かれたようにオットーが部屋に向かう。
だが、多分もう遅い。
「娘はあなたの保護下を離れました。私を追うなと通達も出ているのでしょう」

ヴァンパイアがマントを跳ね上げ、右手であたりを払った。握られているのは灯火を反射する水晶玉。床に輝く方陣が広がった。
「手を引いて下さい」

これはホーリーシンボル? だが、方陣の形が少し違う。身を梳く清冽な力を感じない。力ある言葉も添えられていない…ただの光?

すべてを白一色に染めた光が収まった時、黒い姿はもう無かった。

光に驚いた泊り客が数人、顔をのぞかせた。首をひねりながら、半分ぐらいの客が酒場に戻ってくる。

350年前といえば教会が創始された頃。
当時を知る者はただひとり。東大陸の太守、始祖アルフレッド・ウェゲナー。
もし、そうなら、副司教長の通達は…

弟子を、若い娘を犠牲にしても、ここに居てはいけないヴァンパイアを見逃せというのか。教会へ多額の寄付をしているシンプディー家をはじめとする貿易商の利益を守るために。その富に支えられたメンター師の権力を守るために。

それとも、分かりやすい原理主義と積み重ねた功績で、急速に人望を集め、力を増しているモル司祭を、手を汚さずに排除しようとしているのか。ヴァンパイアを利用して。

「知ったことか!」
ルーシャは握りしめたサジを投げつけた。

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