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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「ぬれたくないだと?」
アレフの抗議に、船頭は笑った。
「服だの日焼けだの気にしてる場合か。転覆して湖に放り出されりゃ、ぜんぶ終わりだ。文句言うヒマがあったら手伝え」

雨水と昼光から身を守ってくれる幌は、手早く取り去られた。強い風が湖面を泡立たせ、しぶきが顔にかかる。帆はとっくに外され舟べりにくくり付けられていた。

苛烈な太陽は黒い雲に隠れている。だが、身を伝う雨に力を削られないよう結界を張るなら、負担は続く。

局地的な嵐ぐらい私が散らしてみせる。
そう言いかけて諦めた。見上げれば限界まで発達し頂上が潰れ広がる雷雲。人工的な風の精の手に負える規模を越えている。

外された幌は何本かの綱を通され、船尾から湖に投げ込まれた。水面下で凧《たこ》のように広がる。舟を流さない為の措置らしい。

揺れる舟べりにしがみついると、腰に命綱を結ばれた。
「ここを引っ張れば解ける。舟が沈んだら、後は泳げ」

ここは湖だ、外洋ではない。家ほどもある大波は起きない。
だが、すぐに思い知った。
人の背丈程度の波でも小舟を投げ飛ばしくつがえす力はある。滅びの危機を身近に感じた。

雨混じりの風がぶつかり舟がさらに傾く。水が流れ込んだ。ティアが荷から木の器を出し、水をすくいはじめた。見習ってナベを使い舟底に溜まった水をかきだす。

水しぶきと雨で視界は狭い。横殴りの雨の衝撃は痛いほどだった。そんな中で船頭は波と風に目をこらし、舟尾で舵と小帆を操っていた。だが舟の上下動は収まらない。帆柱は揺れ、風に泣く。

「こいつを引き抜いた方がイイなら、やりますよ」
風に互する大声でドルクが叫んだ。振り向いた船頭に指し見せたのは帆柱か。確かに重心が下がれば転覆の危険が少しは減る。

「いつも揺れない地面の上で暮らしてるあんたらに出来るもんなら、まぁやってみな」
船頭は叫び返し、目を湖面に戻した。

(まずは、中ほどのネジを)
心話でささやかれ、ナベを荷に戻し、揺れる帆柱にしがみついた。鉄の太い止め具を苦労して外す。上部だけ傾いた帆柱をドルクと協力して抜き、なんと舟底に下ろした。ティアが手早く綱で舟べりに固定する。振り返って首尾を確認した船頭の顔に、初めて賞賛と感謝が浮かんだ。

だが、嵐はさらに白く激しくなる。風と波で舟体がきしむ。
舟底の水がかさを増す。どんなに手を尽くしても、無駄かも知れない。

「ねぇ、風の精で舟を包める?あんたが体を濡らしてないように、舟の周りだけ、小さな結界で封じるとか出来ない?」
嵐そのものを何とかするのは無理でも、小さな無風地帯を作るの可能かも知れない。だが、その先を考えて首を振った。

「風を完全に封じれば、小帆と舵がきかなくなる。舟の向きを変えられなければ、うねりに対して無防備になる」
だが…弱めるだけなら。
ずっと風を操り続けることになるが、湖に放り出されるよりはマシだ。

物入れから鉄粉の小瓶を出し、雨水を受けた。熱を与えて乾かした板に、血の代用品となる赤い液体で風の方陣を描く。

術式の発動と同時に吹きつける風は弱まった。
だが、反動がキツい。削いだ風力が身をさいなむ。
嵐が行過ぎるのはおそらく夜半。
それまで耐えられる自信はない。だが、やめれば全てが終わる。


やがて夜がおとずれた。
本来なら十全に力を揮える時間。だが複数の術を操っているせいだろうか。時々意識が薄れそうになる。

ティアとドルクは水をかきだし続けているが、次第に腕が上がらなくなっているようだ。船頭も疲労しているのか、時おり帆と舵を操る手が滑る。暗さで波が見えないのかも知れない。

各々が命を繋ごうと必死になっても、生き延びられるかどうか分からない。こんな過酷な状況では、不死の身はあまり意味が無い。むき出しの自然の前では、水や光に弱く生きた人間しか糧に出来ない吸血鬼は無力だ。文明の下でしか存在出来ない、一種の贅沢品か。

そもそも支配者層自体、余裕があってはじめて生じる幻想かもしれない。権力と権威は、恐怖を縦色に憧れを横糸にして編まれた、目に見えない衣にすぎない。

とりとめもない思考を突風が吹き払う。舟が大きく傾き転覆しそうになった。船頭の意を読み取り、舟べりからドルクと一緒に身を乗り出した。ひと回りして舟の傾きは収まった。

雨は弱まってきているが、うねりと風は強いまま。時折ひらめく雷に、鋭く波が照らし出される。

ミリアの記憶に残る黒髪の司祭。ドルクが酒場で聞き込んできた噂の主と同一人物だろうか。

だとしたら、いま遭難しかけているのは、彼のウラをかこうとした結果だ。ここまでの苦労と危険に、見合う脅威なのだろうか。こちらの素性に気付いているかどうかも、判らないというのに。

西の空に星の瞬きが見えた。雲が一部切れたようだ。まだまだ気は抜けないが、終わりが見えた。

生存のため、あえて危険に踏み込むのは判る。ティアの様に、身内を奪われた復讐のために危険に飛び込むのも、理解できなくは無い。

だが、黒髪の司祭が、不死者の討伐などという危険をあえて犯す動機は何だろう。権威も名誉も一時の幻想だ。命をかける価値など無い。

本当に追ってきているなら、同じ嵐を見ているはず。この風と雷鳴を彼はどう感じたのか。もし会うことがあるなら、聞いてみたい。


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