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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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女性
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かつての栄華がのこる花鳥を彫ったカシの扉の向こうは、地下へ続くととのった石段。天井に連なるのは千年以上前に組まれた美しい曲線。
大理石張りの寝所だった地下室には、棺の代わりに悪臭がする染みだらけの寝具が広げられていた。

「てめーの女を取り返しに来たのか」
ロウソクの明りを曲刀に映してたたずむ男に問われた。正直に首を振った。あなたを助けに来た、とも言えない。今は男を倒す方法だけを考えている。人を傷めつけても心がザラつかない。夢見るような感覚がまだ続いている。

「カシラの留守中に好き勝手されちゃ、コケンってやつにかかわる」
「彼はもう戻りません」
男のマユが上がり、平静な顔に戻る。同時に刃がくり出された。

寝具を蹴り上げて初撃を防ぐ。舞い散る水鳥の羽毛を突っ切り、壁を蹴って男の肩を狙う。読まれていたらしく突き出された刃先の軌道を、左手を犠牲にして変えた。右腕をひらかせてスキの出来た胸を打つ。突き飛ばした男が壁にぶつけたのは背。肋骨にヒビは入ったが呼気に血の匂いは混じっていない。

刃先でこじられて酷い状態になった左手に震える声で回復呪をかけた。
体に合っていない男の上着のポケットから鍵を探しあて、しょく台を手に鉄格子を開けて階段を下りる。

糞尿や血、汗に脂、牢の中には悪臭と人間が詰っていた。
灯りを階段のそばに置き、順番に牢を開け放っていく。
状況と闇に戸惑いながら10人以上の若い女と2人の男が階段を登っていき、地下牢は空っぽになった。

重い足を引きずって地上に戻る。
昇ったばかりのつぶれた月が、かつての姿を失った寂しい丘を照らしていた。
賊が城の基壇《きだん》を利用して作った高い柵や小屋の他は、切り分けようとしたクサビの跡が残る巨石2つと、建材としてはもろすぎる砕けた彫刻が残るのみ。

丘をおおっていた壮大な花こう岩の城は、人の手で解体され運び出され、良質の石材として地平にきらめく街になった。
船から降り立った直後、踏みしめた石畳、見上げた商館や堅牢な倉庫。
既に見て触れていたのに姿が変わりすぎて気づかなかった。

複数のうめき声や悪態を無視して、倒壊した見張り台の横をすり抜ける。
丸太と馬車の残骸を組み合わせた砦の門は開け放たれていた。
月影の中を小走りに丘を下る一団をゆっくりと追う。最後尾で転んだのは、足かせの女か。

何の気なしに触れた低木に指を刺された。振り向き悪態をつこうとした時、懐かしい芳香がした。

野生化し矮小化した白バラが咲いていた。
ワイドールの手で四季咲きに改良されたバラの子孫。
この花の姉妹…花弁にひだを持つよう庭師が手を加えた白バラが開いた翌日、闇の女王は滅び、ネリィは解け崩れた。その日をさかいに世界のありようも変わってしまった。

こみ上げる思いはあったが、泣けなかった。
渇きすぎた身体は涙などという贅沢を許してくれない。

すぐ近くのしもべの気配に意識を向ける。
灯されたランタンの側で、片足を引きずって駆けて来ようとしている男をティアが引き戻していた。

「よこして下さい。彼は私のものです」
「みんな、やった?」
「行動力と武器を奪い、捕らわれていた女性たちは逃がしました。約束どおり月が出る前に」

「人質救出なんて課題、出してないよ」
解き放たれた男を抱きとめる。温かな命の鼓動を楽しんでいた耳を信じがたい言葉が打った。
「どうしてそんなヤツに執着すんの? 人買いが喜んで金貨を積むような若くてきれいなコ、地下牢にいっぱい居たでしょ。一番イイのをもらっていこうとか考えなかった?」

薄く笑っているティアが理解できない。彼女たちと同じように牢に閉じ込められ、大理石の部屋に引き出されては嫌な思いをさせられていたのではないのか? 肩に触れるたびに身を硬くしていたのは、昔の辛い記憶を呼び覚まされていたせいだと、勝手に想像して後悔していた。

試して、いるのだろうか。
賊と同類かそうでないのか。
返答次第によっては彼らと同じように破滅させられるのだろうか。
ティアは恨みを忘れないといった。ブラスフォードを殺させたのはモル司祭だが、ティアが父親を失った責任の一端は私にある。

ゆっくり首を振り、男を抱きすくめたまま後へ下がる。渇きは耐え難くすぐにでも腕の中の温かな泉に口をつけたいが、ティアの目の前では怖くて出来ない。

耳が馬蹄の響きを捉えた。並足で2頭。近づいてくる。

とっさに密生したエニシダの背後の濃い闇に男をと共に身を隠した。射るような視線から逃れて、やっと夕方の続きにありつこうとした時

「いた、あの娘だ。やっと思い出した。前にウブなナサニエルをたぶらかしてこっからズラかりやがったろ。そのうえ駆け落ち先でタレこんで、てめえのマブを絞首刑にした小娘だ」


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