駅にくっついてる宿で豪華な朝食のついでにお湯を頼んだら、昼までかかると言われてティアはむくれた。タマゴが効いたパンケーキや果物とゆで野菜のサラダは美味しかったけど、ずっと食べ続けるわけにもいかない。
1人しかいない女中が井戸と台所と部屋を行ったり来たりして湯船をいっぱいにするまでの間、町を散歩をしようとドルクが言い出した。他にする事もないから、3人で広場まで行ってみた。
お店は鍛冶屋を兼ねた農具屋と、よろず屋とパン屋ぐらい。日によっては市が立つのかも知れないけど、今はガランとのどか。人の気配があるのは、子供たちが声をそろえて数字を読み上げてる教会ぐらい。
小さなイナカ町。歩けばすぐに町を囲む城壁に当たる。門を守る塔にはクサリがかかって入れなかったけど、城壁の上は歩けた。外は見渡すかぎり麦畑と牧草地。下流ではあんなに広かった川がすっかり乾いて、石とドロと雑草の細長い境界になっていた。
「ドライリバーを越えればサウスカナディ領。地平のあたりに、ネラウスの町が」
時代遅れの知識を得意げに披露するアレフを、鼻で笑ってやった。
「お城は残ってるけど、禁呪で焼かれてサウスカナディは不毛のサバクになってるよ」
不機嫌に黙り込んでアレフはせまい階段をおりてった。追っかけて数段降りたドルクが、あたしの方を振り仰ぐ。
「ティアさん、そろそろ湯の準備が出来ているかも知れませんよ」
「ア…アーネストは風呂キライだろうけど、ドルクは?先に入っていいよ」
「わたくしは主が眠っている間に、残り湯で体を拭けば十分でございます。ご婦人の入浴を覗いたりはいたしません。もう少し散策してから宿に戻りますので、どうかゆっくりと」
「そっか…」
洗髪がどうのといわれてから、何だか頭がカユくなってきた気がする。考えてみたら、船に乗った時から髪なんてマトモに洗ってない。
「じゃ、あとで宿屋で」
壁に刻まれた階段を下りながら、2人がこんなショボい町のどこに魅力を感じているのか不思議に思った。歩き回っても見るべき所なんてもうない。建物は板や土や石がむき出し。素朴で飾り気がない。一度焼かれた跡がここかしこに残ってる。たぶん、新しい城壁にお金と資材つかいすぎて、見た目まで手が回らなかったんだ。
いまは働き手がまわりの農地に出てて人けもない。よそ者がウロついても、じろじろ見る人すらいない。
夜は城門を閉めて見張りを立てて…麦を収穫する頃は、用心棒とか募集してそうだけど。
城壁にそって宿へ向かいかけて、足が止まった。
心を整えて2人の居所を感じてみる。北のほう、すこしはマシな家があるあたりだ。気配と足音を殺して迷路みたいな道を早足でたどる。
角を曲がった時、黄色い実をつけた庭木と井戸が中庭にある建物のアーチをくぐる2人が見えた。
知り合いの家…なんてはず無い。
2人が興味を持っていたのは町じゃない。住んでいる人に興味が、というより用があったんだ。
全速力で走った。ツヤのある葉がしげる中庭に飛び込んだとき、ドルクが奥の扉を締めながらどこか笑みを含んだ声で「外で見張っています。ごゆっくり…」そう言うのが聞こえた。
肩で息してるあたしを見て、気まずそうに目を泳がせる。
「このために、夕方の便にしたのね」
あたしの髪の臭いなんて関係ないし、町を見たかったんでもない。住んでる人の気配を探って適当な獲物を物色してたんだ。
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