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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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丘の登り口に馬車を停めた。
ランタンを目標に様子見がてら脅しをかけにきた6人を、あらかじめ仕掛けておいた冷気の術で止める。手足の指に負った凍傷で、しばらくは歩いたり武器を振る事はできない。

少し離れた見張り台から狙っていた射手は、不意に消えたランタンと派生した霧で的を見失ったはず。そう計算して尖った棒杭の柵を跳び越えた直後、ほほを矢がかすめた。見張り台からぴたりと頭を狙っている矢じりから逃れようと、アレフは手近な石の影に飛び込んだ。

仕方なく火炎を飛ばして見張り台を焼き追い落としたが、全員を術で倒す力は無い。元行商人だったしもべからもう少しすすっておけば十分に力をふるえたかも知れないが、賊を全員制圧するまではお預けだと、ティアが馬車に閉じ込めてしまった。

あの瞬間でなければティアの譲歩は引き出せなかった。
とはいえ、彼女が身体を張っている時、血に気を取られて術の準備が遅れたのも紛れもない事実。

月が出るまでに、ここを根城にする賊をひとりで無力化する。一方的に条件を決められて始まった理不尽な今の状況はもちろん、酷くなりつつある渇きも、危ない思いをさせた事への仕返しに違いない。

物陰をぬい火災の物音にまぎれて、ヤケドに布を巻いている射手の背後にまわった。足を蹴り折り、矢筒の中身も奪って折る。苦鳴と罵りに追い立てられるように離れた。消火と侵入者の排除に出てきた一団を、巨石の影に身を沈めてやり過ごす。

群れからはぐれた者を1人ずつ。
忠告を守って、水を満たしたオケを両手にもたつく男を、半分に割られた女性像の影に引きこんで喉をつぶし足を圧迫して動きを封じた。嫌な感触が残る手を握り締めながら、倒し易そうな相手を物色する。

「頭の白いやつだ」
粗い息の合い間に叫ぶ射手のおかげで、闇に紛れ込めなかった理由に気づいた。マントについたフードを深くかぶり目立つ髪をたくし込む。昼でもないのに視界が布で狭くなる。圧迫感にイラ立ちが増す。月の出もせまっている。

水を運んできた2人と、助けを呼びに戻ろうとしていた1人は暗がりからの不意打ちで倒せた。だが、火を見た最初の驚きから徐々に冷静さを取り戻してきたのか、斧を振るって延焼を止めた後、彼らは武器を構えて捜索をはじめた。

このまま隠れていても時間を無駄にするだけだ。

拳鍔《けんつば》を右手にはめ、他の者から少し離れた暗がり踏み出した男に殴りかかろうとして、目の前をなぐ白刃に尻餅をついた。笑顔で斬りつけてくる男から這いずって逃げながら、悪夢の中に入り込んだような非現実感を覚えていた。

刃を防ごうとした手のひらに痛みのスジが生じる。押さえた手に冷たい血の感触があった。即座にキズは癒えるが、ただでさえ乏しい血がまた減った。

なぜこんな連中を守るために、地面を這いずったり痛い思いをしなければならない? 逃げ隠れしながら、初歩の回復呪でも完治可能なケガに留まるよう手加減して、そのあげく嫌な思いをしなければならない?
ティアに罪を犯させたくないからだろうか。
意味を問うのが馬鹿らしくなってきた。

首へ向かってくる刀身に、頭上をおおう星空が映っている。蜜の中に落ちたかの様な、ゆっくりとした時間…

右手の金属片で白刃を受け、全力で押し返した。よろめいた男の腹に体当たりする。倒れた男の左足と右手を踏み折って剣を奪い遠くへ投げた。

別の1人が背後から大声を上げながら突進してくる。長い斧の柄をくぐり掌底で脇の下を突き上げた。異様な感触を覚えた。肩の関節がどうかなったのだろう。重い長物を振り回しているせいだ。

声に集まってきた4人を振り切るために牧草地を走った。背中に何か当たり骨をきしませた。振り返った目に映ったのは鎖つきの分銅。掴んで投げ返したクサリが、追っ手3人に絡む。そのまま丘を転がり落ち干草の山に突っ込んであがく様は軽業師が演じる喜劇だった。

残った男の手首をひねって剣を奪い足を蹴り折る。
馬小屋の奥で馬着をかぶって震えていた馬丁は、引きずり出して二の腕を殴り砕いた。
大鍋一杯の湯をかけてきた太りじしの男は、スネを蹴るとあっけなく床に這いつくばった。
「ここから逃げないと殺されるよ」
その一言で、台所の隅にかたまっていた女達は逃げ出した。

座ったままの女の足にはカセがハマっていた。太りじしの男がベルトにつけていた鍵で外してやると、引きつった顔で黙って仲間を追っていく。
徐々に重く冷たくなるマントを絞った時、礼を言われなかった理由に気づいた。かまどの火で照らされた台所でなら、熱湯をかぶった顔が白さを取り戻してゆくのも見えただろう。

残る気配のカタマリは少し上。古い石組みを基礎に結ばれた小屋の地下。

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