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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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ガラスにもぶどうの意匠を施されている真ちゅうの扉に手をかけると、イヴリンは大きく息を吸い込み、開いた。丸天井を支える円柱の間にひしめいている代理人候補たちが、一斉に注目する。

ロバート様を喪ったと感じた翌日から、矢継ぎ早に使者を派遣して、バフルに集める事が出来た代理人候補は78名。取りこぼしは元々代理人を置いていなかった南方の3村。以前にロバート様のくちづけを受け、今度はアレフ様の信認を得るために来た年かさの者から、新たに志願したと思われる年若い者まで、ここにいる者たちは背景も年齢もばらばらだ。

時には舞踏会や観劇も催される、絵画と彫刻に彩られた華やかなホールは、今は闇に沈んでいる。約3割を占める女性候補がまとっている胸元が開いたドレスも、黒でなければ紺や深緑。色彩の見分けはほとんどつかない。

壁際に飾った花の香りを楽しむ者も、会話を楽しんでいた者も居ない。彼らを滞在させていた宿には朝早くに使いの者をやったから、湯を使い正装に身を包むのか精一杯だったろうに、壁際に用意した焼き菓子や干し果物にもほとんど手がつけられていない。

死ぬはずの無い支配者。いや、既に死人だった太守の滅びを悼んで、約半月経った今もみな喪に服しているのかも知れない。
でも、今日からは…。

ぶどうのツルを象った金色の取っ手を握ったまま大きく扉を開き、体を半転させて背で押さえる。少し遅れてもう片方の扉がウィルの手で大きく開かれた。
銀の髪とマントをなびかせて入場する新たな主の姿を、イヴリンは陶然と見つめた。

これから始まるのは、太守と血と信頼の絆を結び、代理人としての権限を授かる儀式。いや、アレフ様にとっては権力をエサに集めた人間を味わう宴だろうか。
代理人候補たちの逃亡を防ぐように、イヴリンは扉を閉じ、閂(かんぬき)の代わりにその前に立った。

「平安と秩序を守る礎(いしずえ)となるために、万難を排して集まってくれた事にまず感謝する。中には遠路はるばる、幾日もかけてここへたどり着いた者もいるだろう。私自身、陽光をおして旅して来たが…整備すらされていない道行きの苦労は想像しても余りある。
携えてきた望みの全てを預けて欲しい。責任をもって受け止めよう」

心を揺さぶり頭の芯を甘やかな恐怖でしびれさせる視線が、言葉と共にこの場にいるもの全員に向けられているのがわかる。
首筋に冷たい牙が当たる瞬間を待ち望みながらも、原初的な恐怖に顔を引きつらせる者から、陶然とした表情でため息をもらし見つめ返す者、全てを拒むように目を逸らす者と、反応は様々だ。

緩やかな曲線を描いて二階へと伸びる階段を、ウィルに先導させてゆっくりと登ったアレフ様が、最上段から鮮やかな笑みを階下の者達に向ける。
一瞬、胸が高鳴るのを抑え、貴賓室へ入られる直前に受けた心話に応えて声を上げた。
「遠方から来られた方より3名づつ、アレフ様の元へ。謁見は数日来の話し合いで決めた…今朝方お渡しした封書で通知したとおりの順番を厳正に守って頂きますよう、お願いします。スノーコーストのフィッシャー氏、ニューエルズのベニエ女史、シノアスのポニック翁」

3人の男女が階段を登り始めるのを確認して、イヴリンは背後の扉を軽く3回ノックした。正式な代理人となった者がすぐに故郷や任地へ出立できるよう、手はずどおり馬車を3両、中庭にまわさせる為に。
同時に、かなり待たされるはずの候補者たちが、騒ぎもせず、壁際の席につき軽食に手を伸ばし、所どころで談笑を始めるのを見て、まずは胸をなで下ろす。

街や村の規模や歴史を根拠に順位を先にしろと主張してくる代理人候補たちを、太守からの指示や各地からの要望が通じない期間を少しでも短くする方が人々の不安を抑えられると説得し、その為には遠方からきた代理人候補を優先させるべきだという合理性でねじ伏せた。今は収まっているが、時が経てばどうなるか分からない。

これほど多くの代理人を一度に信認するなど歴史上かつてなかった事。血を媒介として心を結んだ者が各地へ散る事によって確立される支配制度。その要となるアレフ様の食の細さが気がかりだった。一人から一口ずつとしても、かなりの量となる。一両日で済むかどうかも分からない。だが、急がなくてはならない。クインポートの様な造反は、もう許す訳にはいかない。

それにしても、太陽が中天にある間は地下で休息したいという主の要求を、どう皆に伝えたものか。
赤いスカーフを誇らしげに喉元に結んだ3人がざわめきの中を横切り、代わりに呼ばれたのは5人。
おそらく午前中はこれで終わる。

「信じらんない。あいつに血を啜られる為に馳せ参じる人間がこんなにいるなんてね」
一時解散させるか全員この場に足止めするか、判断を迷っていたイヴリンは、聖女見習いの言葉に息を呑んだ。足早に出立した遠方の代理人たちと入れ替わりに入り込んだらしい。

「信じらんない。あいつに血を啜られる為に馳せ参じる人間がこんなにいるなんてね」
一時解散させるか全員この場に足止めするか、判断を迷っていたイヴリンは、聖女見習いの言葉に息を呑んだ。足早に出立した代理人たちと入れ替わりに入り込んだのか。

「さっきは残念でした。もうちょっとだったのにね、オ・バ・さん」
ふざけた口調で笑う小娘を、回廊の奥、東の翼へ伸びる廊下に押し込んだ。

イヴリンを認め、この町を差配する権限と引き換えに血をひと啜りして、その後何年も放ったらかしにした黒髪の太守と違い、銀髪の太守は生身の女に弱いと聞いた。
ネリィや同行している聖女見習いの様な小娘に可能だった事が私に出来ないはずはない。元代理人と代理人候補を集め、彼らの血を啜らせてこの大陸を掌握する手伝いをしながら、自分たちの血だけは飲ませず、対等の立場で取り入る。
うまくゆけば太守を言いなりに出来ると思った。

「あなた本当に聖女見習い? 私達をあの方に差し出すような真似をして」
このティアとかいう娘が私達をご馳走呼ばわりして、紡ぎかけていた対等の関係を砕いた。
「別にどっちがどっちの操り人形になってもイイんだけどさ、あんなんでも一応命の恩人らしいから。それに、オバさんが心配してたほど、色ボケじじいでもなかったでしょ」

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