「よく、私達がアレフ様を傀儡にしようとしていると気づきましたね」
「そりゃ、赤布を巻いた代理人が太守に名乗るなんて変だもん。身分詐称以外にも、なんか企んでるって考えるのがフツーでしょ。あのドゥーチェスとかいう警護主任を、アレフがつまみ食いしなかった時に、何となく」
「摘み喰いって」
ティアの物言いにイヴリンは苦笑した。
「だって見逃すには惜しいエモノだもん。バフルの事情知りたがってたし…タテジマの目を借りたら閉め切った馬車の中からでも外の様子が分かるし、何より優秀な生きた盾が手に入るのに」
「それは見当違い。テンプルの者らしい…いえ、中央大陸の者らしい発想ね」
この娘が法服を着て馬車に乗り込んでいた理由が分かった。この娘が真に警戒していたのはアレフ様ではない。
「海の向こうでは、金持ちの馬車が護衛なしで街道を走れば、ひと駅も保たない様だけど、グラスロードで賊の心配はありません」
「うん、木綿のドレス着せられそうになった時はトンでもないバカだと思ったけど…びっくりした。意外とみんなキチンとしてんのね。太守が滅ぼされたら好き勝手始めると思ってたのに。ただ、モルのクソ野郎が召喚した魔物には襲われたけど」
娘の言葉が生々しい悲劇の記憶をよみがえらせ、怒りと悔しさが心を騒がせる。収まるまで深呼吸が3回ばかり必要だった。
「ところで、代理人になっても、心を隠そうと思えば隠せる、よね?」
娘の指には血色の指輪がはまっていた。不死者と装備者の心と命を結び、生身の衛士にかりそめの不死を与える術具。アレフ様が作られた…確かイモータルリングとか。
「しもべが増えれば一人ひとりに御心を裂いてはいられないでしょうが、今はまだ」
時折、イヴリンを介して会場の代理人候補たちの様子を視ている別の意識を感じる。
「いい方法教えたげようか…『明けない夜は無い』『人の作りし存在なら、必ず人の手で破れる』『不死者は人の命を盗む盗人…』」
「やめて!」
思わず大声を上げていた。
先ほど痛みと共に受け入れた、死の感触を秘めた至福が綻びるのを感じた。怖れで心が震える。計算や共通文字と共に、教会が当たり前の様に広めている単純な言葉が、意外な力を秘めている事にイヴリンは驚いた。
「ごめん…オバさんを不安がらせるつもりはなかったんだ」
薄闇になじむ地味な法服の肩がすこし落ちる。それから、小さな顔が上がった。
「あのさ、バフルの教会は今、どうなってる?」
40年前に街の中心街から移転させられ、貧民街の一角を占めるようになった木造の教会は、普段なら文字や数字を書き取る者達の机が、道まではみ出しているが…
「閉鎖中です。あなたと違って教育官は法服を脱いで身を隠していますよ」
「いろいろ困るんじゃない? 授業だけじゃなくて、大きい取引したい商人とかは教会の為替が使えないと…」
確かに再開を求める商人の組合や工房の親方達と、閉鎖を撤回しないイヴリンらは対立状態にある。
だが
「もう少し落ち着かないと、街の者が何をするか」
教会の閉鎖を解かないのは、そこで学ぶ者と働く者の安全を守るためだ。
「オバさん、ひとつ提案があるんだ。
あたしが、『聖女見習い』として城の“なりそこない”達を片付けたら、教会を再開してもいいって文書、バフルの代理人名義で出してくれる?」
テンプルが仕出かした事を、この娘がテンプルの者として収めたなら、街の者の反感は解けるかもしれない。しかし
「危険すぎます。それに、あなた一人で何が出来ますか」
思考をはじめ生前の能力をほとんど失っているとはいえ、当時城にいた文官と武官、そして救援に向かった衛士のほぼ全員を相手にすることになる。いくら破魔の紋を施した法服を着ているからといって、見習い一人では手に余る。
「今は真昼だから眠っているのを浄化するだけだし…あたしは死なないもん」
自信の根拠はイモータルリング。だけど、蘇生は不死の源泉となる始祖にかなりの消耗を強いるハズ。
「アレフ様にご迷惑をかけることは許しません」
「ケチぃ…せっかくオバさんの夢を叶えて、ついでに街のみんなが安心して眠れるようにしてあげようと思ったのに。それに、いつまでも代理人事務所をアレフの御座所にしといちゃ、色々こまると思うんだけどなぁ。首都と大陸全部の事務を一ヶ所に集めたら、狭いでしょ」
確かに、統治を支える雑多な事務に携わる人員と場所そのものの確保は頭の痛い問題だ…が。
「私の夢?」
「もし、あたしに何かあった時、何もかも投げ出してアレフが飛び出したら…
あたしに色ボケじじい、ちょーだい」
「はぁ?!」
「だって、要らないでしょ、そんな無責任な太守。
バカ領主をお飾りにしてココを治めるのが、オバさんの理想でしょ」
確かにそうだが、こうも明け透けに言われると怒りを通り越して、バカらしくなってくる。
「好きにしなさい。文書は用意しておきます。それとお守り代わりにこれを持っていきなさい」
渡された物をみて聖女見習いが舌をだす。新たに信認を受けた代理人が5人、階段を下りてくるざわめきが扉越しに聞こえる。
「…幸運を」
ホールに戻ったイヴリンは、代理人候補達に軽食を摂らせる段取りを確認しながら、遠ざかる小娘の気配を感じていた。
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