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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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テーブルと共にホールに運び込ませた銀盆には、蒸し貝やくんせい肉、果物や焼き野菜、揚げ魚やパイが盛られていた。どれも新鮮で最上の食材ばかり。刺激物や香りの強い素材を使わずに作られた昼食を、取り皿を手にみなが楽しみ始めるのを確認して、イヴリンは階段を登った。

この会場に集まっている各地の代表者や名士も、ある意味、銀盆に載せられたご馳走だ。1口ずつ加減して召し上がるのに嫌気がさしてしまわれた時のため、死なせてもかまわない贄も用意した。バルコニーの優美な手すりから不安そうに身を乗り出している、それぞれ異なる魅力を持った3人の乙女たち。代理人候補を信認する順番すらままならない今、嗜好品ぐらいは選ぶ愉しみがあっても良い。それが、たった3つの選択肢でも。

控えの間で所在なげにしているウィルを階下の仕切り役として向かわせ、一段と闇が濃くなる貴賓室へ入る。扉を閉めれば、目が慣れても足元さえおぼつかない暗がりに包まれる。人への配慮がなされていない室内。ここで優先されているのはアレフ様のご都合。

記憶にしたがって深いじゅうたんの感触を確かめながら、4歩進んだ。
「呪縛が解けかけているね」
声がした方を見たが白い顔は見えなかった。

不意に硬く冷たい腕に抱きかかえられる。足元から床の感触が消えた。闇の深部へと運ばれていく間、絶体絶命の状況に身が震える。喉から漏れそうになる悲鳴を必死にこらえた。
すぐに抱擁は解かれたが、入ってきた扉の方向を見失い、逃げる術もなくしたイヴリンは闇の中に佇むしかなかった。

冷たい指がおとがいに触れ、顔を上げさせる。目と心を覗き込まれているのが分かった。全てを受け入れるつもりで、目の隅でだけ捉えられるぼんやりと白い顔を見つめ返したが、喜びが心を満たす瞬間は訪れなかった。
「やめておこう。心をいじらなくても、貴女は職務を果たしてくれる」
落胆と同時に助かったという思いで座り込みそうになる。心が壊れていく深刻な恐怖を伴う快楽に、もう溺れなくても済む。

短い呪のあと灯ったランプで、室内が暖かい光に満たされた。濃紺のじゅうたんの上に木彫を施した調度類が置かれていたはずだが、テーブルもイスも壁際に片付けられていた。闇に怯えて逃げようとした者に怪我をさせないための配慮、だろうか。
外套と上着を脱いで佇む横顔はどこか疲れて、白いゆったりしたシャツに包まれていても、薄く細く折れそうに見えた。
今は真昼…不死者の力が最も削がれる時間。

イヴリンは花を象った燭台にランプの火を移すと、森の木々と鳥たちを象嵌した壁に手を触れ、風鳥の尾を押して隠し通路を開いた。
「こちらへ」
奈落の底へ降りていくような狭い階段の果てには、急ごしらえの寝所を用意してあった。

「地の方陣は施してない…か」
「すみません。私たちには魔導の事は解りかねますので」
アレフが黒い石の床にひざをついて、自らの指を噛み棺のまわりに美しい図形を描き始める。

昨日貼った壁紙の糊の香りがこもった地下室。東にある厚い樫の扉の先にはホールの裏手に通じる階段。そして…
軽い呪を唱え、血で描いた魔法陣に琥珀色の輝きを与えた主に、北の壁を指し示す。
イヴリンは北の壁にかけられたタペストリーをめくり、もう一つの扉を見せた。

「もしもの時は、ここから裏の路地に出られます」
「…もしもの時?」
「ファラ様が滅ぼされた後、全ての寝所に抜け道を作るようにと、ロバート様から密かに指示がありました」
わずかに動揺したような表情でうなづき、棺に身を横たえる主を見守ったイヴリンは、閉じられた重厚な蓋に一礼して、狭い階段を登った。三階分だと多少息が上がる。

闇の中で心を縛らなかったのは信頼して下さったから、そう思えば良いのだろうか。それとも、ちょっとした“仕返し”だろうか。

眠りにつかれた40年前には無かった、儀式用の馬車に豪華な建物。そして昼の光にロバート様の威光。取り巻きの人数でも勝ち、立ち位置も工夫した。考えられる限り有利な条件を整えて挑んでおきながら、戸惑ったような灰色の目に怯え、明らかに食欲の対象として見つめられた瞬間、全てを諦めてしまった。そんな意気地のない黒幕気取りへの、意地悪だったのかもしれない。

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