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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「イヴリン・バーズ。亡き主への義理を立てたいというのなら、喉へのくちづけは止めよう。その代わり手首を噛むが、いいか?」
茶褐色の瞳を見つめ、多幸感と快楽を与えながら、反射的な防御反応を引き起こさない様、アレフはゆっくりと近づいた。

「いえ…すみません。どうぞ」
 震える手によって解かれたスカーフが、足元に落ちた。同時に心の芯がほどける。
これは…父と比較されていたのではない。
野心か。

生身の小娘に引っかかってウツツを抜かす“ぼんくら太守”なら、責任感や恩義で縛り、状況を有利に整えれば丸め込めると考えたのか。血と心を差し出さずに代理人の地位を守り、あわよくば補佐という名目で側近として権力を掴む計画…もう少しで成功しかけていた。
遠まわしの要求を拒絶された後、身代わりに差し出される予定だった黒髪の男を味わえば、彼女の目論見どおり、他愛無く誤魔化されていた気がする。

イヴリン達を守る強い意志を挫き、目論見を破ったのは…聖女見習いのはずのティアだ。

テンプルの者に魅了の力はほとんど効かない。対抗する手法が体系化され、訓練も受けている。それが可能なのは、どうして人がヴァンパイアの瞳に縛られるのか、理由と条件を知悉しているからだろう。
さっき、その条件をティアは言葉で満たしてのけたのか。

人は己が被捕食者だと自覚した瞬間、恐慌状態に陥り、簡単に支配可能な心理状態になる。あの言葉は、本音を読み取っての物ではない。私を捕食者だと自覚させる呪。相対するイヴリンの心に食われる者という自覚を鏡像のように生じさせる言霊。

今、イヴリンを抱きすくめているのは、ティアの言葉にあおられたせいだとも言える。自らの発言が引き起こした結果に無関心なフリをして、中庭の花なんぞを愛でている小娘の思惑通りになるのは腹立たしいが、すでにイヴリンらの心を弄ってしまっている。今更、食事を中止する訳にもいかない。

間近で見るイヴリンの上気した顔は、年のわりに愛らしく見えた。彼女の記憶に残る父のくちづけとは逆側の首筋を噛み一口だけ味わう。これだけでは、前菜どころか食前酒にもならないが、扉の先に待っている催事を取り仕切れるのは彼女だけだろう。肝心な時に貧血で倒れられては困る。

それに、イヴリンが飢えた“ぼんくら太守”の餌食にされそうになった時、身代わりとして差し出されるはずだった取り巻きがいる。

イヴリンを離す前に、予定が狂ってうろたえている黒髪の男を視線で縛った。
「彼女が落ち着くまでの間、当初の計画通りお前を味わうが、構わないだろう?」
「…はい」
半泣きでは良い返事とは言えないが、身を投げ出しても守りたいと思っていた女性が、贄となる様を見た直後ならば仕方ないか。

力が抜けたイヴリンをその場に座らせ、男を抱きすくめる。量を過ごさないように、彼からも一口だけ啜った。
予想通り、ウィルとかいう見てくれが良いだけの若い男は何も知らされていない。

残る取り巻き3人は、まだ血の絆を結ぶに足る資格を持っていそうだ。
希少なワインと資料が“なりそこない”にダメにされていないか案じている醸造担当の技官。
城内に置き去りにした部下の終焉を、時間にゆだねるしかない事に苛立つ、衛士長。
バフル港から貿易船が出なくなってから20年…いまや形だけになってしまった港湾の責任者。
全員正装だが、所望されればすぐに襟を開く覚悟はあると示すためにネクタイは外している。なら、期待に応えて一口ずつ味わってやるべきだろう。


去年が5年ぶりのワインの当たり年であった事。生き残った衛士はバフルの治安維持に携わる者だけで、クインポートを制圧するだけの人員など確保出来ない事。何年も浚渫(しゅんせつ)していないせいで、沿岸で漁をする小船ぐらいしか停泊できない、港のわびしい現状を把握し終えた時…
「そろそろ、お気も済まれたでしょうか」
なんとか平静をつくろったイヴリンに声をかけられ、口元をぬぐって振り返った。
「ありがとう。一息つけた。…予行演習にもなった」

衛士長と技官が両開きの扉を押さえ、館へと招く。
「では、どうか供宴の場に」

風除室に足を踏み入れた時点で、館の中に偽りの夜が作られているのがわかった。窓は紙と布で二重に覆われ、明りは揺れるロウソクの炎がわずかばかり。
背後で黒い帳が下ろされ全てが薄闇に包まれた時、館が自分の領域だと確信できた。内部の間取りも、予定されている式次第もイヴリンの心から読み取ってある。もう気後れはない。

まとめていた髪を解く。人の目では顔の輪郭がなんとか分かる程度の薄闇だ。薄い色の髪なら夜目にも目立つ。これぐらいの演出は必要だろう。


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