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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「大丈夫?もう、動ける?」
動けるが大丈夫ではない。先ほどまでアレフの身をさいなんでいた脱力感は消えていた。突然の喪失。死に瀕していたしもべが逝った。誰なのか分からないもどかしさに、硬い壁を叩いた。ノミあと鋭い岩肌に拳が切れる。

顔を上げると、小作りな手が差しのべられていた。こんな時のティアは優しい。ほだされそうになって、気を引き締める。計算を感じる。もし演技でないとしても、馬に塩や黒糖を食わせ、重い荷を運ばせようとする馬丁の愛情だ。

とはいえ、暗い地下道で座り込んでいても仕方ない。急がないと夜が明ける。方向感覚と距離感が狂っていなければ、間もなく始原の島を包む結界をぬけ、キニルの地下に至るはず。

メンターの後姿を見送り、無人となっていたホーリーテンプルの図書館に立つくした時から、半日は経ったろうか。
音を伝えぬ結界を仕掛けられたぐらいで、学徒たちの避難にも、建物を囲む騎士や拳士の気配にも気付けなかったとは。

知的な興奮に支配された時、傍目にどんな醜態をさらしているか…自覚はしていたが、印刷機の音がしない事すら気付かなかったウカツさには笑えた。

表の扉から出る事は叶わないが、図書館にも地下に抜ける通路は存在する。確か禁書庫と呼ばれる北の一角。

記憶に従い、床のくすんだ渦の意匠に手を這わせた。地下に待ち伏せの気配はない。渦の中央を押し込み、代わりにせり上がった白波に指をかけ、丸い床石を引き開けた。

地の底へ、らせんに切り込む急階段に足を踏み入れ、内側から床石を戻した。

闇の中へ下りながら案じていたのは、鉄格子が閉じていた時のこと。強力な結界に邪魔され転移の術が使えないのでは、すぐに袋小路へ追い詰められてしまう。

だが、心配は無用だった。
これ見よがしに開いた鉄格子の前に、ティアとドルクが転がされていた。ロウソクとガラスの水器を術具とした、心話を通さぬ結界に包まれ、手足を戒められて。

そして今、ティアのポケットに入っていた地図に従い、未知の通路を進んでいる。方角は南。なだらかに続く上り坂。手掘りと思われる壁と天井は雑で、2人並ぶのがやっとという狭さ。絶え間なく雫が落ち、真ん中に切られた溝にせせらぎの音。

いい様に利用された気がする。マルラウを血の絆で縛った事すらメンター副司教長の計画の内ではないかと。
あるいは、返しきれない恩を売られたか。求めていた知識と、脱出手段。どれほどの値《あたい》となるだろう。

庶子であろうと出家していようと、シンプディー家の者。貸しを取りはぐれるとは思えない。ウォータでオーネスがどれほど利殖に励もうと、動かせる資金の量において、田舎領主が敵うものでは無い。相手は教会を実質的に統べる者。

「出口、近いんじゃないかな」
ティアが天井を指す。いつしかレンガのアーチになっていた。岩盤を抜け土の層に達したらしい。頭を重くする結界も少しゆるんでいる。やがて階段が見えてきた。うっすら緑に染まっている。時折、光が入るらしい。

階段の先は下水の一角。すぐ近くで湖へ流れ落ちる水音がしていた。音と微かな光に導かれ、悪臭とぬかるみの中を行く。湖岸に密集する掘っ立て小屋、その屋根に渡された板の上に出た。

「勝手に見物するな! 銭を払え!」
飛び出してきて怒鳴り散らすのは、ミノムシのごとく着膨れた老女。銀貨を投げ渡すと、少し声を抑えて、勝手に地下道の来歴を説明し始めた。

木のハシゴを降りていた耳に、英雄モルの名が飛び込んできた。
「へぇ、こっから忍び込んでファラを滅ぼしたんだ」
先に降りたティアが、流れ落ちる汚水を振り返る。
「下水の整備にカコつけてね。10年かけて掘ったのさ。生き埋めになったり、急な出水で溺れ死んだりしながら。おや、聖女さまでしたか。実際に見るのは初めてですか?」

立派な堤防をモグラが潰えさせるように、不変と思われた夜の女王の御世を終わらせたのは、下水に掘られたみすぼらしい地下道だったか。ティアに地図を渡した者のヒネクレた諧謔《ユーモア》には、苦笑いするしかない。

(アレフ様)
微かな心話に、浮かべた笑みが消える。覚悟してイヴリンに応えを返した。
(カウルの城を守る衛士が、討たれました)
湖の側から早足に離れながら、カウルへ意識を向ける。村の代理人は無事だ。しかし、城内にいたはずの、人とそうでない者達、しもべの気配はほとんど消えていた。感じられるのは…

(奇妙なのですが、テンプルの者達の中に、しもべの気配があります。異形の剣士。彼は何者です?)
テオか。
(ティアに恋こがれる奇特な若者だよ)
だが、何か気配がおかしい。

(バフルに被害はありません。カウルをはじめ、周辺の集落に関しては避難が間に合いました。ですがクインポートでは犠牲者が出たようです。反逆者、いえ町長は捕らわれて地下牢に)
すべては、長らく留守にしていた私の罪か。

(どうなさいますか。いっそカウルの城に閉じ込めて飢死にでも)
(隋道を埋めたぐらいでは、封じられまい。私が行く。あの者を葬ることが、我々とテンプルの間で取り交わす盟約の条件らしい。それにもし、彼に全ての記憶があるなら…最期に話す相手として最適だ)

(ですが)
「ティアさん、モルがカウルの城にいるそうです。直接、転移しますか」
水晶を道端で掲げ、転移の方陣を展開しながら振り返った。
「もうすぐ夜明け?」
「大地の真裏だから、向こうは日没です」

「歩き疲れたから、少し休みたい。あんたも真夜中の方が調子いいんでしょ?」
転移先をバフルに変え、イヴリンに知らせながら、少しほっとしていた。

荒らされた街を見たら、城で身近に仕えていた者の遺体を前にしたら…冷静でいられる自信が無い。
だが、あれほど復讐に燃えていたティアは冷静だ。
なら大丈夫。
結果はどうあれ、悔いが残るような事にはならない。

一つ戻る  続く

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