忍者ブログ
吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
| 管理画面 | 新規投稿 | コメント管理 |
ブログ内検索
最新コメント
[09/13 弓月]
[11/12 yocc]
[09/28 ソーヤ☆]
[09/07 ぶるぅ]
[09/06 ぶるぅ]
web拍手or一言ボタン
拍手と書きつつ無音ですが。
むしろこう書くべき?
バーコード
カウンター
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
久史都子
性別:
女性
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

賢者の石が放つ紅い輝き。光源をアレフは見上げた。砕けた窓から月が射していた。風精《フレオン》に集めさせた雲が切れたらしい。黒茶に似た香り招かれ、舞踏室を出てテラスに立った。足元に白い花びらが1枚、貼りついていた。

恣意的に引き起こした風雨に耐えた白バラが、中庭から恨みがましく見上げていた。眠りに逃避していた間も、誰かが世話をしてくれたらしい。

だが、ネリィはこの花を目にする直前に逝ってしまった。

割れたガラスを踏む音に振り返った。白いドレスをまとった蜜色の髪の…目の色が違う。足元に影がある。ネリィではない。白い婚礼衣装を血に染めたティア。赤黒く広がる斑点が月のあばたの様だ。

「死に切れていない聖騎士と拳士、どうする?」
スタッフが指し示すのは血臭と臓物の山の向こう。これ以上、片付ける死体を増やすのもバカらしい。自力で歩み去ってくれるなら、ありがたい。

治癒呪を施し、混乱する2人に命じた。
「モル司祭がどうなったか、クインポートと銀船に残っているものに告げにゆけ。速やかにホーリーテンプルに戻らぬなら、同じ目に遭うと」
這いずっていく2人の前にドルクが立ちはだかる「証だ」破れたモルの法衣と死んだ騎士の盾を押し付ける。

もつれた2つの足音が遠ざかる。これで退いてくれればいいが。頭を倒しても、人の集団は消えてなくならない。高い城壁を備えたクインポートに立て篭もられると厄介だ。食料が尽きるのを待っていたら、町の住人まで食われるかも知れない。

「ホーリーテンプルは、全滅したんじゃないのか?」
だぶついたシャツと鎖帷子を血に染めたテオが、幽鬼のように立っていた。なりばかりか言葉まで常軌を逸している。誰に何を吹き込まれたのやら。

「全滅などさせたら、金の流れが止まって」いや、森と村しか知らぬテオに理解は無理か「統制を欠いた司祭や聖騎士が世界を血に染める。この城のように」己が目で見たものなら理解できるはず「私は訪ねてくる者を歓待しろと言い置いた。害せと命じた覚えはない。それでも殺した」

「だって、夜明けをもたらす…ために」
「ではクインポートは。既に人の街だった。少なくとも町長とやらは、そう信じていたはず。何が起こった?」
テオの心に、クインポートの惨状がよぎる。守る側に回ってくれたのか。
「すまない。詰問は不当だった」

「けど、手下にシリルを襲わせた。アースラ伯母さんを襲って、オレを指輪の呪いで縛って」
「呪い?」
血膿で粘つきからむ左袖とテオが格闘を始めた。袖が邪魔なら裂けばいいのにと、イラ立ちを覚えた頃、テオ自身もじれたらしい。左手を見せるのはあきらめ、右手で腰の物入れから紅い指輪をつまみだした。

テオのイモータルリングは左の薬指にはまったまま。
では、あれは。
昨夜、こちらでは今朝か。命を支えきれなかった衛士の指輪。
「良かった。見つからないから、砕かれてしまったものと。これで、彼だけは蘇らせることが出来る」

おびえた顔で逃れようとあがくテオから、指輪をもぎ取り、舞踏室から出て、早足で階段を下りる。テオはドルクに任せたほうが良さそうだ。私が何を言っても、かたくなに拒む。

ついてきた足音は一つ。そして軽い。
足を止め、ため息をついた。

扉を開き、中庭に出る。雨あがりの土の臭い。風で折れた枝と葉のせいか、花の香りより青臭さが強い。

散り落ちたバラの花びらとコケモモの小さな白いベル。上からみたときは地に広がった星空にも見えた。ささやかな光を飲み込んで、ぬかるんだ足元に光の方陣が広がる。
破邪呪。
対処法は、術者を殺すか、効果範囲から…。
「逃げないの?」

「貴女が全てを犠牲にして求め続けた望みですからね」
ティアの心の奥にある硬質な決意。憎しみの化石。
モルは死んだ。
仇を討ち果たせば、私を永らえさせる理由はなくなる。

それにティアなら、私より強い決意と実行力をもって、賢者の石を砕き、テンプルの地下に封じられた始祖を滅ぼしてくれる。2度と吸血鬼に肉親を…親しい者の心を奪われる者がないように。報われぬ望みと孤独にさいなまれ、干からびる心を作らぬために。

「ひとつ遺言がある」
「遺したい言葉なんてあるの」
「私のじゃない。クインポートを守ってくれていたブラスフォードの最後の言葉」
「我が主《マイロード》、でしょ」
ティアが鼻で笑う。心が一段と硬くなる。初めて言葉を交わしたとき。泣いていたティアが、繰り返しなぞっていた父親の最後の言葉。

「続きがある」
ティアを守りたいという闇雲な思いは、多分、私自身のものではない。少なくとも最初のうちは、動かしがたい気持ちだけがあって理由を後付けして納得していた。まるで、ヴァンパイアの瞳の力に囚われたヒトのように。

「43年間、血と忠誠を捧げてきたのに、なぜ見捨てる。応えないなら血の絆をもって呪詛するぞ。我が娘ティアを守れ」
ティアの頬が赤い。キニルで人形劇を見たときにも、こんな顔をしていた。
「先に呪っておいて、脅して要求を突きつけるのもどうかと思うが…眠っていた私の夢を裂いて、刻んで逝った」

「女の子を助けたのに、下心があまり無いなんて変だと思った。父親の目であたしを見てたんだ」
年寄りは時折、未熟な若者の世話を焼きたくなるものだ。だが父親の情を透かし見ることで、ティアが納得して心安らぐなら、かまわない。

「親なら子をもう少し見守っていたいとか、思わない?」
「親は成長した子より先に逝く。いつまでも死んだ父親が近くにいては、子は前に進めなくなる。それに亡霊が長く側にいると命が縮む」

「あんただって…あたしを死んだ女に重ねてたでしょ。さっき幽霊でも見たような顔して、少し懐かしそうにしてた」
相変らず、カンが鋭い。
「ネリィと共に、私の心も40年前に滅びたのかも知れない。抜け殻にしもべたちの思いを詰めて、心の代わりにしているだけで」

「その、しもべは、代理人はどうなるの。いきなり心の繋がりが消えたら混乱しない?それに心話を使っての急ぎの連絡も出来なくなるじゃない」
不思議だ。ティアは私を滅ぼさない理由を探している。

「中央大陸は烽火塔とハトで何とかなっていた」メンターは心話を戦《いくさ》の道具だと言っていた「人の心を用いて強制的に行う通信など、元から異常なのかも知れない」

「滅ぶ以外に方法はない?モルの親戚みんなぶっ殺す以外に、あいつが2度と子孫に取り憑かなくなる方法」
2度と…は無理だろう。いずこかの亜空間に組まれたケアーのようなオートマタが、記憶を保存し、100年ごとに条件が合致した者に接触し、知識を共有する転生の呪い。
害悪とも言い切れない。遠い未来に吸血鬼を倒す英雄が必要となるかもしれない。

「あんたをでっかい水晶球に封じ込めるとか」
擬人化精霊じゃあるまいし。いや、非実体の亜人と言う点では大差ないか。だが
「ありますよ、方法は」
ずしりと重く感じる紅い卵を出して握る。500年近く長らえるために歪め奪ってきた、無数の人生の重み。

「キメラが合成できるなら、人の身体も組むことが出来る。素材となる贄があれば、理論上は不死の身を実体に置き換えることも」
「人に戻るって…こと?」

人をたぶらかし、心を奪い血を奪い、最後は命を奪って、実体の無い死人と変えるヴァンパイアが、偽りではない恋に落ちたら、成就させる方法はふたつ。殺してこちら側で共に永遠をさすらうか。殺される…人の命に殉じて、心中の道行きのごとく、あちらの限られた時を生きて逝くか。

こちら側に来たネリィは悲劇で終わった。今度は私があちら側に行く番だろう。

光の方陣が消える。足元にかりそめの星空が戻った。花々を照らすほのかな光は、薄れゆく月と、地平の向こうから雲の端を輝かせる朝のきざし。

「いつになるかは、ティアさんのお師匠さま次第ですが」
「なんでここで、メンター先生でてくンのよ」
40年で肥大した教会とテンプルが、あり様を変え、敵役を必要としなくなるまで、五年かかるか十年かかるか。
血の絆に頼らぬ秩序を編み上げるにも、時が要る。

それでも、夜明けはすぐそこに。


        完

一つ戻る

拍手[1回]

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
本当にお疲れ様でした。
ソーヤ☆
ずっとROM専だったのですが初コメさせていただきますm(__)m
いつもいつも本当に楽しく読ませていただきました。今までこんなに面白いネット小説読んだことありません。更新されるたびに引き込まれ、隅々まで行き届いた読者を魅了する展開、表現。今日は更新あるかな、次はまだかなまだかな、と心待ちにしてい一緒に旅をしているかの様でしたw。
私はおバカなのでコメントすらまともに書けませんが、本当に自分にもこんな才能があったらな~と心底思いました。最高の作家さんになられるでしょうね。
正直終わっちゃうの悲しいです。泣いちゃいました。アレフ君達にまた逢いたいな~。もう逢えないのかな~(´Д`)。
と作者様の都合をお構い無しにほざいていますが…いつか…いつか又アレフ達に逢える日を私はずっとずっと待ち続けます!
おバカで伝えたい事が全然、100分の1も!うまく伝えられなくて本当にもどかしいけど、本当に本当に大好きでした。
勝手に又逢えるって思い込んでますねw

心からお疲れ様でしたm(__)mこんな素晴らしい作品を書いてくださってありがとうございました。゚(゚*ω⊂ グスン

アレフ君、夜明けにまたね♪
2008/09/28(Sun)20:53:15 編集
お粗末様でした。
久史都子
ソーヤ☆さまに、楽しんでいただけた事が嬉しいです。コメント下さった勇気とお心遣い。心より御礼もうしあげます。一年と一ヶ月にわたる寝不足の日々が丸無駄でなかったと実感できました。
時には眠気覚ましに流していた深夜アニメに見入って更新が遅れ、終盤はロマンシングサガ2の呪縛を断ち切れないもどかしさに……げっふん。

その上、過分なお言葉まで。
幣ブログより面白い小説ブログさんはネットの海にあまた輝き、本気で作家を目指している方々の情熱と才能に比べれば、至らぬ部分が多すぎますのに。もう、お目に留まった偶然と幸運に感謝です。

アレフの旅は終わりました。人に近い目線で世界を見て、少しは“使える二世政治家”となり、改革や外交といった困難にあたふたしつつ、領主として日常を送っていく。そんな後日談をマトモに書くと、政治経済小説とか架空歴史小説といった、おっさんくさいお話に。

というわけで、もし、外伝を書くとしたら、過去話か、別の若い主人公に仰ぎ見られる存在として登場という形になるかと思いますm(_ _)m
2008/09/29(Mon) 02:34
はじめまして
弓月
「夜に紅い血の痕を」読ませていただきました。とても面白く一週間ほどで読み終わってしまいました。読むたびに読者を引き込む展開、最後はどのようになるのかと思いながらも終わってしまうのは少し悲しいです。できればこの後の展開を読みたいという読者の勝手な希望です。
ちなみにトランシルヴァニアにはアレフ村という村があるそうですが何か関係はあるのでしょうか?
最後にお詫びを。2年もたってからコメントを書いてすみません。私がこの小説を発見したのは2010年8月のことでした…。
では、夜明け後に再び会えることを期待しつつ、コメントを終了させていただきます。
2010/09/13(Mon)11:23:23 編集
助言を聞く者であり、助言する者でも?
久史都子
弓月さま、コメントありがとうございます。
お陰さまでツイッターと宇宙にドップリだったPCで、久しぶりにエディターソフトを開きました。2つのサイドストーリーとプレストーリー、そして主役が違う少し先のエピソードの、メモと断片を見つけました。忘れていた宝物を、引き出しの隅から発掘したような心持ちです。
>ちなみにトランシルヴァニアにはアレフ村という村があるそうですが何か関係はあるのでしょうか?
アレフ村、ヴラド3世の居城…ポイエナリ城に一番近い村。拝観料…もとい管理料を徴収して本当のドラキュラ城の保全に努めている5kmばかり離れた村落。すみません、コメント頂くまで全く存じませんでした。
ドイツの気象学者から貰った主人公の名前ですが…古英語でエルフ、そして妖精からの助言を聞く者の意と知って“らしい”かと思い、そのままに致しました。
弓月様、一週間にわたりお付き合いくださりありがとうございます。黄昏と深更と夜明けの物語、プライベートその他の事情で取り掛かれる見通しは立っておりませんが、心の火だけは守って、物語の素材となる資料と経験を集めてゆきたいと思います。
2010/09/16(Thu) 02:02
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[236] [237] [238] [239] [240] [241] [242] [243]

Copyright c 夜に紅い血の痕を。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]