忍者ブログ
吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
| 管理画面 | 新規投稿 | コメント管理 |
ブログ内検索
最新コメント
[09/13 弓月]
[11/12 yocc]
[09/28 ソーヤ☆]
[09/07 ぶるぅ]
[09/06 ぶるぅ]
web拍手or一言ボタン
拍手と書きつつ無音ですが。
むしろこう書くべき?
バーコード
カウンター
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
久史都子
性別:
女性
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

月光を透かせて青緑の翅《はね》が広がる。踏み出されたのはオレンジ色の毛に覆われた大熊の前足。床石を砕く爪は光沢のある赤。窓を粉砕する紺色は太いサソリの尾。体躯と太い後肢は鮮黄色のウロコがきらめくドラゴンに見えた。

肩には黒い炎狗《ファイアドッグ》と半透明の海獣の頭。急激な変化で裂けてしまった法服をかなぐりすて、隆とした肩と胸を誇示しながら見下ろす顔は、麦わら色の髪の青年そのまま。

平行世界から喚びだした生き物の血肉と、術者自身を素材に生成された3つ首のケンタウロス。身にまとう物理障壁と耐術障壁の干渉が生み出す金属的な輝きを含め、美しいと言えるかも知れない。だが…嫌悪と哀れみがアレフの胸に湧き上がる。

後戻りできない術だ。消化管が潰れている。いくら力が有り魔力が高くとも、数日の命。敗血症か壊疽で腐り死ぬ。モル・ヴォイド・アルシャーには勝って長らえたいという、本能すら欠けている。心にあるのは妄執ではない。重なる死と生の記憶の果ての虚無。

「アレフ様をバケモノと呼ぶのは、鏡を見てからにしていただきたい」
ドルクは剣を構えた。
「うるさい」
モルが、異形の怪物が、吠えた。右肩の黒いコブが赤い口を開き、炎を吹きだす。

ティアが左に走るのを見て、ドルクは右に走った。扇状に広がる炎を迂回して、後ろ肢に斬りつけた。聖騎士のヨロイを易々と断ち割ったへパス様の黒耀の刃が、黄色いウロコに弾かれる。ついた浅い傷もすぐに肉芽で埋まる。

止められなかった炎の先を振り返った。アレフ様がテオを抱えて、廊下まで跳ばれるのが見えた。まったくご奇特なことで。情けをかけられた若者が、さらに傷つかないといいが。

上からの殺気を感じて飛びのくと、立っていた床に、丸太の様なサソリの尾が突き刺さった。

モルの関心が正面のアレフと右のドルクに向いたのを見計らい、ティアは風精《フリオン》と共に高く飛んだ。麦わら色の頭をシマウリの様に割ってやる。スタッフを振り下ろした瞬間、でかいチョウの翅《はね》が打ちふられ、すごい風が起きた。

フリオンが吹き散らされる。上下が分からなくなった。物理障壁を司どる額の水晶に意識を集中しながら、身体を丸める。痛手が最小限になるよう願った。背中にぶつかったのは床でも壁でもない……アレフ? テオの次はあたしのフォロー。気が効くようになったじゃん。

「逃げますか。あの図体です。階段は下りられない。重いから翼はあっても飛べない。跳び下りたら四肢が砕ける。何もしなくても、近いうちにモルは死ぬ」
今さら、なに腑抜けたこと言ってんのよ。
「イヤよ。自殺も病死も、あたしは認めない」どうやったら、この甘ちゃんの逃げ道を断てるんだろう。あ、そうか「紅い石を悪用すれば、モルは不死者になれるよ」

バフルヒルズ城を悲劇でおおった術具。サウスカナディ城に押し寄せたキマイラも賢者の石によるものだったはず。
永遠の命をもたらす貴重なファラの遺産。でも人の手に渡ってからは、大量の死を振りまいてきた呪われた石になった。

アレフは黄金のキメラに目をこらした。
そうだった。
紅い石を奪い返すために、ヘパスの協力を受け入れた。

いま、紅い石はモルの体内にある。おそらく下腹にある異種生物との結合点。障壁と毛皮と厚い筋肉の奥。
「厄介ですね」
風は打ち消される。炎も効果が薄い。氷…素材となる水がもうない。目の前が暗くなる。

月を雲がおおったのか。
闇に乗じてドルクが切りかかる。黒い刃を食い込ませたままモルが足元の銀の剣を拾い上げ、打ち払う。火花が散った。

腕の中からティアの重みと温もりが消えた。スタッフでの殴打をまた試みるのか。太く硬いサソリの尾が振り上げられる。かろうじてスタッフで受けながした様だが…共感した右手がしびれる。せめて動きを止めなければ。

水がないなら、降らせればいい。
今夜は珍しく雲が多い。
「フリオン!」
散った風精を呼び集め、魔力を注いで再構成した。
「雲を上に集めてほしい。好きなだけ飛び回ってかまわない」
幼女のけたたましい笑い声を含んだ風の音が、割れた窓から飛び出し、上空へと遠ざかる。

物入れから鉄粉のビンを出し、大気に干渉する魔方陣を描き上げた。ここは自城。今は夜。クインポートで雨を呼んだときよりうまくいくハズ。

気圧がさがる。雲と霧が渦となって上空へ吸い上げられていく。
「…何を仕掛けようとしている!」
気付かれたか。だが、ドルクとティアの相手で精一杯のはず。
魔力を込め、雨を呼んだ。フリオンが大量の雨滴とともに上空から駆け戻ってくる。

氷の呪の詠唱を開始する。
「また氷つぶてか。そんな子供だましが効くか!」
モルが吼えた。物理障壁が強化されるのを感じた。ならば、氷そのものの性質を利用するまで。

(伏せて下さい)
ガラスの破片と共に吹き込む風雨が室内を荒らすに任せる。全てが濡れそぼったあと、おもむろに氷の呪を…大気から熱を奪う術式を、モルを中心に発動させた。

オレンジ色の毛皮もウロコもサソリの尾も、びっしりと白く凍りついた。だが、雪像と化したケンタウロスから、笑い声が響く。人体と黒狗のあたりから、氷は溶けていく。
「体温を少し上げればすぐに融ける氷で、この身を拘束できると思ったか」

さすがに凍え死んではくれないか。だが薄い翅は…寒さで感覚がマヒしていたであろうチョウの翅は、表面を薄くおおう氷の重みに耐え切れず、割れ砕けた。
「ティアさん、フリオンをお返しします。もう、キメラは風を呼べません」

「よくも、よくも、よくも」
獣と人。三つの口が同時に悪態をつき呪をつむぐ。くぐもった詠唱と共に床に走る光。あらかじめ用意してあったと思われる10の交点。
「私の美しい翅を」目は眼窩からこぼれ落ちそうなくらい、見開かれていた「もう遊びは終わりだ。消え去れ、滅びそこないの吸血鬼めっ」
舞踏室の床全面から、破邪の清浄な光が吹き上がった。

一つ戻る  続き

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[234] [235] [236] [237] [238] [239] [240] [241] [242] [243]

Copyright c 夜に紅い血の痕を。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]