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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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モリスが招き入れられた副司教長室の控えの間には、甘く香ばしい匂いが充満していた。
「大変だな。食ってる間も仕事してるような師匠に仕えるのは」

一口大に切ったチーズや塩ゆで肉を、炙った薄焼きパンの欠片にのせ、短い串で刺すという手間のかかる作業に忙殺されている少年をねぎらう。ついでに、蜜の入ったリンゴを一切れつまんだ。

抗議したそうなミュールの口に、リンゴのカケラを押し込んでから、樫の扉をノックする。

「お入りミュール。もう昼食の時間かな」
「残念ながら、昼メシはまだ準備中」

一度は上げた視線を、メンターはすぐに書類に戻した。
「明け方、お前が詰め所の騎士達に運ばせた死体。エブランの末息子だったよ」
寝床からずりおちた状態で、喉を食い破られていた若者。至福の笑みを浮かべたまま硬直した顔が浮かんでため息を誘う。

「売りゃあ当分遊んで暮らせるぐらい本が散らばってたから、イイとこのガキだとは思ってたが。ウルサイご親戚さんのご子息とはご愁傷さま…で、焼きましたか」
書類を置いたメンターが眉間をもみほぐす。

「布に包んで荷馬車に乗せて橋にさしかかったところで…急にもがきだして灰になったそうだ」
「人として送りたかったが、転化してたか」
サグレスの腐れ野郎、際限なく吸血鬼を増やしてどうする。

「また嘆願書が来る。東大陸を再討伐をしろと」
「居ないモノをどうやって…」
「寄付金もついてくるだろうがね」
若い命を悲劇で飾って金に換えるテンプルも、若い命を貪って老人が我が世の春を歌うという点で、吸血鬼どもと大差ない気がしてきた。

「ティアは元気だったかね」
「それはもう。モルがシリルへ向かったと言ったとたん、目ぇ輝かせてました。それと、ダイアナが言うとおり噛まれてなかった」
優しくゆるむ目元に、少しほっとした。弟子への思いやりが芝居でないなら、この腹黒い昔馴染みに命預ける価値はある。

「確かかね」
「俺には背を向けても、ヤツには背を向けなかったし」
「居たのか…よく無事で」
「サグレスの弟子とやりあったらしく夜明け前に」軽く傷に触れた「獲物を横取りされて、尻尾巻いて逃げ戻ってきやがった」

「別の血族に噛まれた場合、支配関係や絆がどうなるか、いい検証材料になったと考えると、今朝の灰化は惜しいな」
「ダイアナも回復すれば呪縛が解けちまうらしい。始原の島には心話も通じないと」

「では、彼女に催眠をかけての動向の監視も無理か」
「そんなこと、企んでたんかい」
「それに血の絆による選抜試験の不正も無理のようだね」
これは、冗談として笑うべきかな。

ノックの音がして、ミュールが盆を机に置いて一礼して出ていった。片手で摘める昼食は、楽そうだが気ぜわしい。
「読みながら飯食うと胃が痛くならねぇか」
「夕方からは、森の大陸への進発式。それまでに判断するべきものが、この厚さだ」

「華やかな式典は司教長《おかざり》でいいだろ」
「モルが立ってから、杯《さかずき》片手に煙管《キセル》くわえて、寝室で聖女見習い相手に個人教授。出てきやしない」
「昨日の今日でか。ひどくなってねぇか」
「あと暫らくの事だ。大目に見てやってくれ」

まるで犠牲の王だ。1年後に殺される代わりに、好き勝手を許された者。モルが完全な夜明けをもたらした時、おそらくマルラウは死ぬのだろう。表向きは病死か事故死か。

「ところで、ティアが噛まれないうちに、連れ戻さなくていいんか」
「…モリスはティアと深い仲になりたいと思うかね?」
「遠慮するかな。接吻ひとつで財産全部もってかれそうだ」
黙っていれば愛らしい唇だ。しかし、つむぐ言葉は毒を含み、舌や唇を噛み千切られそうなキケンを感じる。

「体で結ばれた絆より、血の絆は深くて恐ろしかろうよ。心と心を結んだら最後、財産どころか正気をもっていかれる」
「弱み見せたくないがために厳格な禁欲生活つづけてるお方が、聞いた風なことをおっしゃいますねぇ」

「ティアは炎だよ。見ている分には熱く美しく魅惑的だが、じかに触れれば身を焼き滅ぼす」
触んなくても、十分まわりはヤケドしている。だが、メンターにとっては、あの程度の裏切りは、ちょいと熱い程度らしい。

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