胡桃材の扉を叩く娘の所作は力強いほどだった。
アレフが入室を許すと、一月前とは打って変わった、落ち着はらった態度と足取りで娘は部屋の中央まで歩んできた。娘はかすかに微笑みさえした。すっかり覚悟している顔には迷いはない。愛しさすら覚えるほどにいじらしく健気だった。
そんな娘の細い体を抱き締めてやりたいという思いの中に、渇きと欲望が分かちがたく入り混じる。それを察したのか手を伸ばすと娘がかすかに震えた。後じさりかけてよろめき目を閉じる。まつ毛に涙の雫が震えていた。
やがて全てを断ち切るように娘が顔をまっすぐ上げた。開いた目から一雫、透明な涙が小さな月を映しながら頬を伝い落ちる。
「やっぱり……きれい」
ぽつんと娘が呟いた。涙の跡が残る頬は微かに上気していた。
「恐いのときれいなのは、きっと同じ……」
冬の小鳥のような震える声で夢見るように呟く。
安らぎとも取れる光を娘の瞳に見つけた。死を前にした者の安らぎ。この娘にとって今瞳に映っているのは、情けを知らない血に飢えた死の化身らしい。なら、その期待に応えよう。
今度はすぐに心を掴めた。娘の恐怖を取り除きこう惚となるよう、快楽を司る神経を支配下におく。
温かい体を抱き寄せた。
黒髪に染み込んだ花の香に目を細める。意志も思考力も失い、抵抗するはずのない獲物のありえない逃亡を恐れるように背中に回した手に力が入る。
見出した時は、これほどまでに美しく食欲を刺激する娘だったろうか。一ヶ月という時がこちらの欲望だけでなく娘の美をも醸成したようだ。
前の半月の宵、代理人の館の前に並ばせた未婚の若者や乙女の中で、一人だけ遠慮がちに顔をあげた黒髪の娘。最初に目が合ったときから、この娘が抱える事情はすべて分かっていた。
それにつけ込んで大金で購って手に入れた。この娘自身が望んだことだ。対価として下賜する金で彼女の家族は救われる。
いや、それは偽善か。経済的には救われても彼らの心に後ろめたさが影を落とし、幸福にはなれないかも知れない。
だが、人だって食料を金で買う。
牛の命も人の命も、それほど違いはないだろう。
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