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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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月の下でうねり、牙をむき出しにする波の群れに圧倒されて、アレフはしばらく立ち尽くした。

道はそこから、ガケに刻まれた階段に変わっていた。吹き上げる風に持っていかれそうになるマントをしっかり体にまきつけ、慎重に下まで降りる。波が引いた時に、湿った砂地を踏み、衛士長の記憶にあった、ガケの下にうがたれた洞窟に足を踏み入れた。

白砂の上に黒い船が“浮いて”いた。帆は外され、縄も全てくくられ巻きとられていたが、朱色のマストと銀色の窓枠がほのかに輝く船尾楼は昔のままだ。もっとも新しくてもっとも小さく、そして一番早い御座船。
「クインポートから出たあと…ここに隠されていたのか」
引力を遮る力場と風の結界に護られ、海とグラスロードをすべるように走っていたセレネイド号。

宮殿に見紛う壮麗な船をもつ太守もいたが、この地を取り巻く厳しい自然と経済状態では、控えめなこの船ですら、背伸びしすぎた買い物だった。莫大な建造費の返済は滞り、結局半分も返さないうちに、造り上げたシーナンも施主だった父も滅びた。

荒波を越え、遠いセントアイランドまで一月以内に辿りつくため、速さを求めた船体は強く細く、見た目は人の為の帆船とそう変わらない。だが、光の入らない十の貴賓室と、会合が行えるホールは備えられていた。そして船底にはニ十室の…
「ティアさんは、太守の旅がどんなものか知らないんですよ…その残酷さも」
振り向くと、ドルクが波打ち際に立っていた。

「40年前のあの日から、セントアイランド城で会合が開かれることはなくなりました。20年前には森の太守も、ドラゴンズマウントの太守も滅ぼされ、この船が向かうべき地はもうございません。ティアさんが物心ついた頃には、「船」は海を渡らなくなっていたんです」

ひと月以上前から、寄港する予定の港や町に先触れを出し、準備を怠り無く整えて始まる、数年に1度の船旅。帆を新しく作らせ、優秀な水夫を雇い入れ、彼らと随員のための食料と水を調達し、最後に、金は無いが夢と自信だけはある年若い同行者たちを募る。

清潔で居心地のいい船室と、海難事故の確実な回避、十分な食事を約束して集められる、船賃を払えない旅人達。彼らには船室を出る自由はなく、必ず目的地にたどり着ける保障もない。
たそがれと共に衛士が訪れて彼らにクジを引かせる。当たってしまった者は船上では贅沢となる湯浴みの後、白い薄物一枚の姿で太守の晩餐の席に招かれて…旅が終わる。

そうやって、彼らのうち約半数の夢と根拠の無い自信を海上で奪ってきた。
知り合いのいない港町で解き放っても弱った体では野垂れ死ぬだけだから、飲み尽くしてしまえと父はいったが、どうしてもできなかった。苦笑して腕の中から犠牲者を引き取った父が、最期まで血をすすりとる様を、黙って眺めていた。

最後にこの船で死なせたのは、クインポートでの商会勤めを望んでいた青年だったろうか。水平線にまたたく目的地の灯を切なく見つめていた彼の心の中は、服と共に浴室においてきた紹介状の事で一杯だった。数口味わったあと、転化したばかりで多くを必要としていたネリィに譲り…無邪気に飲みつくす彼女を見ていた。

「今から帆を発注しても整うまでに半月はかかるでしょうな。港町ではなくなったバフルで熟練の水夫を集めるのは難しい。それに…どのみち、この船は使えないでしょう。
中央大陸の街々で補給のために投錨しても、集まってくるのは貧しい旅人ではなく…恐怖に駆られ、油と炎と武器を手にした大勢の襲撃者でしょうから」
クインポートでの惨状を思えば、中央大陸どころかこの東大陸でも、船が無事に昼を過ごせる保障など無い気がした。

「敵討ちに、ティアに付き合ってやりたいというお気持ちがおありですか?」
問われて心をあぶる焦燥感を思い出した。生命の危機に陥った彼女を助けなければという、義務感にも似た思い。ティアの父親を死なせてしまった後悔を基点として生じた、危なっかしい少女に対する保護欲。

だが、仇を求めてティアが遠い地へと旅立ってしまえば、イモータルリングを介して死にかけている事が伝わっても、蘇生させるのは難しくなる。まして幾重もの結界に包まれたセントアイランド…いや、ホーリーテンプルに、大地の真裏から力を届かせる事は不可能だろう。

傍らに居て守りたい。しかし
「ここを離れて旅に出るなど…出来ないし、海を渡るすべも無い。
それに、待っていればいずれ向こうから来てくれるだろう?
私を滅ぼすために」

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