強い深い青い瞳に、アレフは既視感を覚えた。
興奮と感嘆を込めて見上げる強い瞳。冷たく力強い指の記憶。あの時、ファラ様から受け取ったのは喜びと誇り。
だが、ティアが熱い指と瞳で植え付けようとしているのは…たぎる怒りと破壊の衝動。
「あたしは泣き寝入りなんてイヤ。奪われたら、壊されたら、そいつも同じ目に遭わせてやる。力が足りなかったら、努力して考えて、どんな手段を使っても復讐する。絶対に諦めたりしない」
(そのために、一緒に来て欲しい!)
耳元で叫ぶような心話と共に鮮明な記憶が送り込まれる。
ティアを床に押さえつける無慈悲な手。その目の前で打たれ蹴られ動かなくなる初老の男…クインポートを任せた青年の面影が微かに残る血まみれの顔。凄絶な光景を穏やかな笑みを浮かべて見下ろす、若い司祭の冷めた眼。
「血と引き換えと言うのなら、ネックガードの外し方を教えるわ。後ろのネジは右回し。左の留め金は斜め上に押し込む。そして右の」
耳をふさごうとして、掴まれた手を振り払った。よろめいたティアに睨みつけられて背を向ける。血と共に彼女の記憶を取り込んだら最後、自分が自分でいられなくなる気がした。
すでに復讐は空しいと分別臭く語れる気分でなくなっている。父を滅ぼし…武器を持って立ちふさがる衛士ならまだしも、事務官や掃除婦にまで無残な運命を強いた者への殺意が、心の奥で芽吹くのを感じていた。だが、彼女の言葉にうなずく事は出来ない。
「冷たいよ。ねえ、私の敵討ちに付き合ってよ!」
「海を渡る旅は好きじゃない」
「なによそれ、意気地なし、ばか、臆病者、怠け者!」
知っている限りの悪口を叫び続けるティアから逃げるように、暗い地下道を早足で戻る。
だが、城へは戻らず、北東へ伸びる新しい通路をたどった。
たまったホコリを湿り気が固めているのか、敷石はねっとりとした感触に覆われていた。後ろを気にしながら、ついてくるドルクの足音も湿っている。
城内にはもう、動く者の気配はない。たとえ、なりそこないがまだ残っていたとしても、何のためらいもなく浄化の術を使うティアの敵ではない。むしろ私がいたほうが足手まといだ。
在りし日の思い出を無残に砕く城の有様と、変わり果てた父の元忠臣たちとの戦いで、とっくに心は限界になっていた。ティアの言葉も戦い方も、日光の様に苛烈すぎる。既に、会話する気力も残ってない。
潮の香りが強くなってきた。耳を澄ませば地下道の先から、波の音も聞こえてくる。万が一のとき、落ち延びるための長い抜け道。この地が安全でなくなった証だ。
そういえば、眠りをむさぼっていた城にも、新たな通路が掘られ、ワナが多数仕掛けられていた。多分、城と地下の寝所を守るためにドルクたちが作り上げたものだろう。
「世界はもう、我らのものではなくなった…か」
気を抜いたら、油断したら滅ぼされてしまう。臆病なウサギのように、耳をすませ、ワナを仕掛け、寝所を移し、テンプルが差し向ける刺客の裏をかく。そうして、考え付く限りの手をつくしても、無事に次の夜を迎えられる保証はない。
重苦しいため息を吐いて、目を上げると、そこに海原が広がっていた。
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