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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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玉座の間…正確には謁見や任命、時に宴会に使用されていた3階唯一の広間にたどりつくまで、廊下で3度なりそこないと遭遇した。火災を恐れ、アレフが呪を使ったのは周りに可燃物が無かった1度だけだが、その時の臭いが、のた打ち回る元衛士の姿と共に心に染み付いてとれない。

だが、殴るのも手以上に心が痛い。自身の手も傷ついていた事にしばらく気づかない程、相手の肉と骨が潰れる感触は不快だった。ガス状生命体やゲル状の異界生物を殴ったのとは全く別の、畏れに近い後悔を伴う痛み。

「ケガ、してない?」
情けない事に、震えが止まらないコブシは、ティアの温かい手に包まれるまで開くことも出来なかった。殴った時の衝撃で爪が手のひらに深く食い込み血がにじんでいた。
「仕方ないなぁ」
包帯が厳重に巻かれ結ばれるのを眺めていた。使っていない左手にまで包帯を巻こうとするのを見て、違和感を覚えた。

「もう、傷はいえています。それに左手にケガは…」
「何カン違いしてんのよ。素手で戦う時は包帯でコブシを保護するもんでしょ。でなきゃ痛くて全力で殴れない…っていうか、どこの世界にヴァンパイアを手当てする物好きがいるっかっつーの」

手早く、そして的確に関節を中心に巻かれていく包帯。それが、信認の儀式を行っていた部屋に忘れてきた、指の付け根に装着するささやかな武器と同種の物だと、遅まきながら気づいた。

「ほい、完成。あ、さっきみたいに硬い骨じゃなくて、殴るなら柔らかい急所を狙うこと」
平然と凶悪な指導をしていくティアは、まだ戦いに飽き足らないらしい。

骨に守られていない急所を全力で殴る。予測された感触と結果に吐き気を覚えた。胸を押さえた手が、血と漿液にまみれているような幻覚に襲われた。ティアの無邪気さが疎ましい。いや、不死者を倒す方法を研鑽し続けてきたテンプルに所属する者が、知らない筈は無い。どうなるか解っていて、殴れと言ってのける精神に底知れない無気味さを感じた。

幸い、ためらう間に傍らのドルクが剣を振るい、今もティアが巻いた包帯は白いままだ。しかし見慣れているはずの従者が無表情に元同僚を屠るのも、見方を変えれば空恐ろしい。ティアの同類ではないかと疑い始めてしまう。目覚めた時に護身用だとくれた武器。侵入者が城内に召喚した、人外の敵に備えてとの名目だったが…捕虜に反撃された時の用心だったのでは無いだろうか。

首を振って下らない思考を振り払う。目的地であるハズの眼前に広がる暗い広間に意識を向けた。呪を唱えて安定した小さな火球を呼び出す。天井近くの二重円の簡素なシャンデリアの周囲を巡らせ、残っていた2本の蝋燭に火を灯した。まばゆい光に一瞬目がくらむ。

一段高くなった奥に据えられた椅子が、かかっていた牙猫の毛皮ごと無残に断ち割られていた。壁を彩るタペストリーも港の様子を描いた1枚を除いて、刀キズに火炎の跡と酷い有様だ。白と黒の石タイルで床に描かれた曲線にも、抉ったような傷が幾つも走っている。
何か父の最期を知るよすがとなる物がないか、目だけではなく意識でも探り始めたとき、隣室の気配に気づいた。

「右手の控えの間に3人。噛まれて逃げてきた仲間を介抱する為に受け入れて、看取った後に襲われた元女中達です。食い合った末、肉体の損傷が酷くなって動けないでいる」
その中の1人が脳裏に焼きついた光景を繰り返し見ている。名前も思い出せない今、その記憶だけが彼女の全てなのだろう。
「仲間の血肉への渇望に苛まれながら、優しさから下した判断を、後悔し続けています」

「敵の数と居場所を教えてくれるのは助かるんだけど…いい加減、“なりそこない”の心読むの、やめてよね!」
鉄板で補強された扉の前で、ティアが振り返って怒鳴る。なりそこない達の心は単純で無防備だ。その分、気配を探るのは容易いが、意識を向ければ思っている事も流れ込んでくる。止めろと言われても無理だ。そして無視するには哀しい心が多すぎる。

「戦いが始まったら、相手を倒すことだけをお考えください。同情なさってもアレフ様の苦しみになるだけです」
ドルクまでもが冷酷な物言いをする。普段は慈悲だの思いやりだのと口煩いくせに。

2人が扉に体当たりして控え室になだれ込む。女性用の控え室だ。複数の寝椅子やクッション、鏡やついたてに御丸と障害物は多い。暗い中で転倒もせず、物影に潜む者達に的確な滅びを与えるのは無理だろう。なにより最初に戦う相手は扉前に積み上げられた家具類の山だ。

だが、反撃される心配は無い。
砦たる家具類崩壊の危機も、闖入者がまとう法服に染み付いた血の匂いも、衰弱しきった彼女達の体を動かす力足り得ない。他の消え残る思いは、何か大事な布に包まったまま灰になった同僚への嫉妬。彼女たちを控え室へ逃がす際、父が一人に何かを命じ、そのせいで走り去ったまま2度と戻らなかった友人の心配。

「もう、やってらんない!」
呪の詠唱? 内庭同様、部屋全体を浄化するつもりか。
「ティアさん、待っ…」
制止の言葉を飲み込む。白い方陣の光が幾何学模様を床に描き出す。その範囲から数歩離れた時、室内を白い光が満たし、3つの気配が消失した。
彼女たちにとっても、変わり果てた姿をさらす事無く逝けて、良かったのかも知れないと考え直す。

「ドルク、左奥の透かし彫りの衝立の裏に、父が遺したマントを守った者が…それと」大切な物を隠すとすれば、恒常結界と迷宮に守られた場所「地下の書斎に行った者がいる。彼女の足取りを追いたい。もう少し付き合ってもらえるかな?」

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