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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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マルラウに用意させたカギと許可証を、アレフは示した。流水と白鳥を刻んだ扉が、灰色の手袋をはめた守衛によって開かれる。

手すりつきの足場が3層もうけられた桂の書棚。巨大な脳髄のヒダにも見える。ただよう香りは紙魚《シミ》よけだろうか。

正五角形の外観をもつ図書館を満たしていたのは、こごえる冷気とほの暗さ。文字を追う学徒たちの、無意識に動く唇から生じる白い息。幻術で黒衣を法衣に見せかけた偽司祭に、疑惑の目を向ける者は1人もいない。堅すぎる結界は内に致命的な弛みをもたらすらしい。

空気を震わす鼓動は併設された印刷工房からだ。各地の教会で分散保存する本の複製を作り、多額の寄付をした支援者へ送る美麗な記念本を刷る。印刷機は日のある間、文字を捺した紙を吐き出し続ける。

もう一つの四角い建物。明るい窓辺で百人が写本と修繕に勤しむ銅屋根の筆耕房と、勤勉さを競うかのようだ。
五弁のバラに例えられる図書館を生かす、2枚の青葉。永遠の命を持つ者に知が独占されていた40年前の停滞はもうない。ここは生気に満ち溢れている。

だが、北の2弁。
鉄格子に区切られた禁書庫に、ひと気は無い。

黄銅のカギで鉄格子を開き、中ほどまで進む。白い翼を広げ天井を支える水鳥の彫像を見上げた。平たい水かきのすぐ下まで、箔押しの背表紙が並んでいる。目を背後に転じると、中央ホールの天井画から無腕の聖人が微笑んでいた。

「知は光だと、言っていたが」
その知を保存し伝える本は、光を嫌う。真昼でも吸血鬼が大手を振って歩き回れる薄闇の中に、無数の本はまどろんでいる。

誰かが司教長の異変に気付く前に、知識を得てここを立ち去る。1冊づつ目を通す時間は無い。

物入れから水晶球を取り出した。亜空間上にある脳だけの自動人形《オートマタ》ケアーへの道標《マーカー》を刻んだ透明な球に向かって呪を唱え、空中に使い魔を生み出す方陣を描く。

ほどなく虹色のゆらめきが身をくねらせた。コウモリではなく、薄い板状の擬似生命。本棚の端に厚みのない半実体を滑り込ませ、ページを走査させた。

使い魔の身に転写される無数の文字が、視覚野に映し出され、水晶球を通じてケアーに記録保存されていく。読解するつもりがなくても、記憶は刺激され、精神力はすりへっていく。消耗を防ぐため、目を閉じ集中した。

どれくらい経ったろうか。時を告げる鐘の音を聞いた。最後の一列にかかった時、モルの名が繰り返し出てくるのに気付いた。好奇心を抑え、使い魔に最後まで走査させる。

虹色の使い魔を回収してから、検索にかかった。水晶球が映し出す記述を追っていく。教会が成立する前、年号が定められていなかった頃は、併記された惑星の位置で見当をつけるしかないが…900年前か。

おのれの血脈に呪をかけ、意識と記憶をひ孫の脳に転写したと豪語する、見た目は若い魔法士の伝記。あるいは、ひいジイさんに体と心を奪われた、哀れな若者の記録。これが“最初の転生”か。

水晶球が映し出す淡い光の文字ではなく、手書きの記録で確かめようと、本棚に触れ、ページを繰った。写本を繰り返しせいか、文字の欠落や誤記もあったが、だいたいは読み取れた。

永遠を賜りたいと願いながらファラ様に拒まれた魔法士。傷ついた自尊心をいやすため、わが子に過大な負担を押し付けたか。ウェゲナー家に悲願と厄介な家訓を残した曾祖父にそっくりだ。

だが、彼がしたのは。
「時が経つほどに広がる、回収不能な呪い」
まとまりかけた思考を横から言い当てられ、本を取り落としそうになった。

本棚の谷間、鉄格子に近い場所に、目の鋭いやせた男が立っていた。藍色の法服。肩から垂れるストールの紋は豪商シンプディー家を象徴するブドウ。
ティアの師、メンター副司教長。

足元に白い輝きが生じていた。くもった大理石の床に生じていたのは不死の身を解き崩す破邪の方陣。術者はいつぞや孔雀亭で会った貧相な司祭か。だが直接手出しできない本棚の向こう、隣の禁書庫から仕掛けている。跳躍すれば発動前に効果範囲から逃れられるが…

「お連れの方はこちらで丁重に歓待しています。不出来な我が弟子がしでかした騒動と無礼のお詫び。私の代わりに導いてくださっているお礼も兼ねて」
ティアとドルクを人質に取られたか。2人に心話も通じない。調べ物に夢中で気付かなかった。

「それはご丁寧に。いたみいります。ですが、間もなくおいとまする刻限。私の連れはいずれに?」
返事は沈黙と穏やかな笑み。その奥の心が読めない。

「昨晩、不審な物音を調べに地下へ下りた司教長付きの衛士が、今朝、遺体で見つかりました。お心当たりは?」
2人を殺人の罪で処刑しようというのか。

「ありません。
地下で異界の生物と合成された聖女を見かけました。他にも理性を失っている者が何人か。衛士を殺めたのは彼らでしょうか?」
我ながら下手な言い逃れだ。日頃、読心に頼りすぎているせいだろうか。言葉を重ねて相手の真意を探るのは、ひどくもどかしい。

「調査を命じたマルラウ司教長も、責任を感じてか、酒を断ち煙花を遠ざけ、禁欲的になっておられる。見習い聖女への個人的な訓戒もやめるとおっしゃっている」
司教長らしくせよ。そう、縛りをかけたが…あまりに唐突な改悛が、不信を招いたのか。

「まぁ、命に従っての殉職なら位階を上げ、遺された家族に十分な手当てを支給できます。これが護衛対象を守りきれず、むざむざ司教長を吸血鬼の餌食にしてしまったというのでは、不名誉極まりない。たとえ善戦の末の討ち死にでも、手当てどころではなくなりますからね」
 メンターの微笑が、鎖のように重い。

「もし、本当に吸血鬼が入り込んだのなら、夜のうちに相当数の転化者が出ていますよ。死体が転がり灰が舞う、昨日まで語り合い笑いあっていた者同士が殺しあう、怒号と悲鳴に満たされた白亜の聖地…できれば見たくない光景です。お互いにね」

「入り込んでいないと確信しているなら、この光の方陣は」
「余興ですよ。ご心配なく。生身なら無害。むしろ爽快なくらいです」
慈悲深く響く声に滅びを予感した。

「とはいえ、吸血鬼はまだマシです。死と破壊をもたらすと同時に、秩序も構築する。上位者が下位の者に振るう生殺与奪の権と心話は、どれほど混乱した状況をも治めてしまう。たとえ暴走しても始祖さえ滅ぼせば終わる。実に制御しやすい呪いです」
一体メンターは、何の話を始めたのだ。身に迫る危機とは別の、冷たい不快感が湧き上がる。

「使い勝手の良い、戦《いくさ》の道具と言い換えてもいい。人の意思で統御できる疫病。劫火よりも広範囲に燃え広がり、人だけを灰にする炎」
造られた者の痛みを知れ。
疫病や劫火に関心を示すへパスに、ファラ様が不死の身と共に与えた言葉。
そういう事か。
だが己が本質的に剣と同じ、道具にすぎないというのは、楽しくない認識だ。
「寸鉄より短い牙など、武器としては石つぶてにも劣ると思いますが」

「その石つぶてにも劣る力で、一度ファラは世界を滅ぼしました。始原の島に結界を施し、囲い込んだわずかな賛同者を残して」
「ウソだ」
叫び返した直後に、思考が勝手に結論を導き出す。断片的にしか残っていない、有史以前の豊穣な文化と多様な言語。あれは、今よりもっと大勢いたハズの人間ごと、殺戮された歴史の残骸。

「吸血鬼化した人々が血を吸い合い殺し合い、外界にいた者すべてが渇きで灰になるまで4年かかったようです。この島は淡水に囲まれ適度に広く温暖。土を耕し家畜を飼い魚を釣れば、数万人が生きていくのに何の支障もない」
手にした本がひどく重い。書棚にゆっくり戻し、水晶球に目を落とした。思考に反応したのか淡い光が初期の記録を映し出していた。

「東大陸も海に囲まれ、容易には近づけぬ地。かの地の太守がファラと同じ暴挙をするのではないか…ずっと気がかりでしたが、どうやら取り越し苦労でしたね」
水晶球にまたたく有史以前の記録は、メンターの言葉を裏付けていた。ここにある何冊かを彼も読んだのだろう。

「ならば私達の問題は1つとなる。誰か1人を殺しても解除されない厄介な呪いの方。特定の道標《マーカー》を持つ者に、保存された記憶を100年ごとに流し込む転生の呪い。世代を経るごとに道標《マーカー》を持つ者は増える。人という種そのものを汚染しかねない危険な呪法です」

「だが、その道標《マーカー》は命に潜み紛れているのでしょう。特定のアザといった外見的な特徴は何もない」ヴァエルが髪色を固定した呪いと原理は近いが、はるかに厄介だ「誰が道標《マーカー》を持っているかも分からない。何の罪も犯していない者に、断種を強制する事は出来ないと思いますが」

「確かに、今さら香茶に混ざった黒茶を分離する方法はありませんね。でも、発現のきっかけは、決まっているようです」メンターが笑う「吸血鬼の存在」

水晶球が映し出す文字で確認をとる。今、メンターが語っているのは事実だ。

「今のモルに呪いが発現したのは、東大陸で大っぴらに生き延びていた2人の太守のせいです。その始末をつけるのは、目覚めさせた者の義務ですよ」
その決めつけには、反論せねばならない。
「モルはホーリーテンプルの司祭。彼が振るうのは、教会を司る者が与えた力でしょう」
「ですから、もし、かの者を葬ってくれたなら、見返りに少しばかり譲歩いたしましょう。不可侵の盟約あたり、いかがです?」

どうせ戦わねばならぬ相手。否やはないが、古い秩序の最後の担い手として、はっきりさせておきたい重要事項がひとつある。

「ビカムアンデッドの触媒となる賢者の石。ファラ様が持っていた紅い石は、今ここにありますか?」
「玉子の様な紅い石ならモルが持ち歩いています。ご所望でしたら、力づくで奪い返すしかないでしょう。
では、後は全てが終わった後にでも」

あっさりと背を向けた、無防備なメンターに虚を突かれた。いつしか足元の方陣も消えている。

さきほどから気になっていた疑惑を、藍色の背にぶつけた。
「森の大陸に抑制を知らぬ吸血鬼が放たれ、港が封鎖されたのは、道標《マーカー》を持つ者が多いかの地を、無関係な人々ごと浄化するためだった、ということは……ありませんよね?」
メンターは振り返らなかった。

ため息をつき、ふと水晶球に落とした目が、あり得ぬ文字列を読んだ。紅い石という言葉が引き出した禁呪の術式。
身を切る後悔ごと、見たものを心の奥に押し込めた。

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