アレフは素早く地下牢まで駆け戻った。
あの生き物たちを呼び出した者たちは今、彼の虜囚だった。内2人は、先ほど飢えに耐え兼ねて犠牲にした。命までは取っていないが、すでに相応の報いは受けている。さっきまでは己の食欲に嫌悪を覚え、彼らには悪いことをしたと思っていたが、今は手ぬるかったとすら思う。
こんな事を平気で出来る連中なら、血を飲んだとき術にかけて安らぎや快楽など与えるのではなかった。苦痛の中で命をすすり取られる恐怖を味あわせてやればよかった。
それにこの生き物たちを召還した者は、まだ手付かずのまま牢の奥で震えている。あまりに怯えていたので見逃してやろうと思っていたが、気が変わった。さっきの戦いで消耗し、空腹がひどくなってきてもいた。
牢のカギを開け、情けない悲鳴を上げ命乞いをする男の肩をつかむ。
「召喚したものたちを元の世界に戻してやれ」
男が首を激しく横に振った。
「で、できない、喚ぶだけで還す術は、し、知らないんだ」
そのあまりな無責任な物言いにかっとなる。
「ならお前も、二度と戻れぬ死の世界に送り込んでやろうか」
そう脅しつけて震える喉に顔を埋めて牙を突き立てる。男が断末魔のような絶叫を上げた。もがく体を力尽くで押さえて飲みつづける。やがて男の意識がぼやけ体から力が抜けていく。それから精神の支配に取り掛かった。
相手の記憶の中から召喚のスペルと魔法陣を読み取り、過去に学んだ似た術を呼び出して照合し検討する。結論を出すまでそれほど時間はかからなかった。送還の呪と魔法陣を頭の中で組上げた。そしてそれを描くに相応しい場所を特定しながら、男の体を離して立ち上がる。
ふりかえると穏やかな笑みが開きっぱなしの牢の向こうから覗いていた。
「凄い悲鳴が聞こえましたので…」
「殺してはいない」
「ひょっとして、最初にお召しになった戦士は、命まで…と思いましたが、この男は3人目ですからね」
いつしかドルクが半獣から人の姿に戻っていたのに気づいた。理由は、もう主に襲われる心配はないから…だろうか。
「で、ルナリングは?」
首を横に振るしかない。
「まずはあいつらを何とかしてやらないと…」
なるたけ避けてきたつもりだったが、魔法陣を描くのに適した地下道の最深部についたとき、背後にはあの悲しい生き物たちの群れが迫っていた。手首を噛み切り、ほとばしる血で素早く魔法陣を描き上げる。傷が癒着したとき生き物たちが襲い掛かってきた。その攻撃に身をさらしながら送還のスペルを叫ぶ。
術式が完成すると同時に、生き物たちは魔法陣の中心に生じた暗い穴に向かって、その存在した空間ごと、次々と吸い込まれて、帰っていった。
全ての異界の生き物が…アレフや部下や使い魔の手にかかったもの以外が帰ったのを確認して、やっと一息つく。
ほっとして、すぐそばの扉を開けた。
奥は物置部屋。よく言えば宝物庫。
長年にわたって作り上げた、魔力を込めた宝玉から何でもない日用品まで、さまざまなガラクタが40年前のまま雑然と詰め込まれていた。
棚の小箱に入った、黄色い石がはまったリングを見つけて指にはめる。目的を果たしてから、ひどい格好に気がついた。さっきからの戦いで、身を守ってくれた夜会用のマントは無残な状態になっている。
衣装箱を見つけて、少しましなものに取り替えた。陽光の下をゆかねばならないのなら、こんな布でも羽織れば日よけになるだろう。
だが、もうあんな生き物たちと戦うのだけはごめんだ。
しかし異界の生き物たちがいるのは、ここだけにかぎっていないことを、ほんの短い旅にさえ危険が伴う事を思い知るまで、それほど時間はかからなかった。
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