朝の光が差すまで眠らずにいるつもりだったが、有明の月が昇る前に少年は眠ってしまった。
起きると姉は家に戻っていた。青ざめた顔でベッドに横たわり、母が心配そうについていた。バラ色の頬をした生き生きとした姉しか知らなかった少年にとって、憔悴し白い顔の姉は別の人のように思えた。首には母が愛用していたスカーフが巻かれて傷を隠していた。
姉はその日は眠り、翌日、仔を孕んだ数頭の牝牛と羊、そして小ビンに入った薬が届いた時、目を覚ました。届けられた家畜を眺めていても、どこか夢でも見ているようにぼんやりとして、話しかけても返事があるまで妙に間があった。
快活な姉に再び戻るよう、滋養のつくものは何でも食べさせた。やがて姉は床を離れ家事の手伝いもするようになったが、少しの無理で熱を出した。変わった香りの薬を飲んで、寝込むことが少なくなった少年とは逆に、姉は病を得やすくなり、季節の終わりに臥せる事が多くなった。
あれから2年目の冬、風邪をこじらせた姉は、あっという間に逝ってしまった。
血と共に姉は寿命も吸い取られたのだ。そう老人は考えていた。
人から吸い取った寿命で、城の主は500年近く生き長らえているという。
「とても奇麗な方だった」
夢を見ているように語る姉を思い出す。そんなのはいつわりの若さと美だ。今の老人よりはるかに年寄りなのだ。大勢の人間から若さや美しさを奪って保っているものだ。
「最初は恐かったけど、目を見たら何も恐くなくなって。何だかとても幸せだった。噛まれた時もちっとも痛くない…」
そう話したときの姉のこう惚とした表情がたまらなく悲しかった。あいつらは、まやかしをかけるのが得意だということを、姉は忘れたのだろうか。
あいつの話をする時の姉は変に美しくて心が騒いだ。当時は分からなかったが、今ならそれは色気だと言える。姉はしじゅうため息をついて、何かを探すかのように視線を宙にさまよわせていた。何をというより誰を探しているのかは解っていた。
しかし姉をこんなにしたあいつは、気紛れでした“食事”の事など、すぐに忘れてしまったろう。
姉が死んでから10年後だったろうか。
2軒先のネリィという娘が城主の指名を蹴ったのは。
いまだに認めたくない。信じたくなかった。ネリィは咎められなかった。村も咎められなかった。しかしネリィは奪われた。“食事”ではなく愛人として遇され、永遠の命をもたらす口づけを受けた。
そして口づけを授けた真始祖ファラが滅びた時、ネリィもまた滅びた。
あいつは女を不幸にしかしない。当時結婚をして最初の子供をもうけていた老人はあざ笑った。
ネリィの死は城主にとっても痛手だったらしく以来、姿を見せなくなった。
すでに40年はたつだろうか。その間に老人の子は成長して結婚して孫が出来た。妻が死んだのは去年のこと。老人が妻の元へいく日も近いだろう。
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