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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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歩いても歩いても変わらない地下通路。つま先から染みこむ単調という名の闇。始原の島を包む強力な結界に外界からの心話をさえぎられ、同じ場所で足踏みをしている妄想が払っても離れない。

山城の地下に身を横たえたまま、たちの悪い悪夢に取り付かれているだけではないだろうか。アレフはいぶかった。疲れを知らぬ身は現実感をくれない。むしろ非現実へと心をいざなう。

己自身が疑わしい時は、目に映るわずかな変化もありがたい。通気坑から入り込んだコウモリの糞。泥の筋として残るいつとも知れない浸水の痕跡。ティアとドルクのたわいないやり取りが、狂気を退ける。悪夢から生まれでた実験体の襲撃が、正気をつなぎとめる。

地下通路の終わり。そっけない灰色のプラットホームが、どんな絶景より感動的に見えるとは思いもしなかった。

ティアとドルクが歓声を上げて駆け出す。生身の彼らは疲労と寒さからくる幻覚にも悩まされていた。無理もない。

かつては世界を照らす、不変の月だった白亜のセントアイランド城。縦横に広がり幾層にもわたる地下迷宮は、闇の女王と、側近く仕える者達の寝所。静けさとほの昏い悦びに満ちた私的空間。

だが陽の光に安らぎを見出す、温かい血を持つ者達が城の主となったあと、目ぼしい家財や私物は地下から運び去られたらしい。手紙や日記の類も残っていない。湿ったホコリとカビしか見当たらない空き部屋ばかり。

ひと気があったのは、目をおおいたくなる人体実験の成果が閉じ込められた一角と、厳重に封印された銀の格子の向こう。
「懲罰房よ」
ティアが舌打ちする。放り込まれた経験があるらしい。

開かぬ格子は諦め、ケアーが映し出すかつての見取り図と照らし合わせ、北東の狭いらせん階段に決めた。この上は古い公文書が収められた、人の寄り付かぬ書庫のハズ。ファラが書き残したモノが運び込まれた可能性も高い。

ひと目につかないのが何より重要だが、司書が1人で当直していてくれれば、なお良い。

足音を忍ばせ、幻術をまとい、久しぶりに地上の気配を感じた時…心を騒がせる甘い香りに戸惑った。高価な蜜ロウの香り。麝香を中心に調合された艶めいた香煙。人の汗と分泌物の匂いに心は引かれるが、不健康なよどみに眉をひそめる。

階段の先は薄い板の扉だった。小さな取っ手を回し押す。
開いた先に書類棚はなかった。金糸と銀糸のたれぎぬが視界をさえぎり、深いじゅうたんが足を沈ませる。室内に気配はひとつ。いや、周囲に等間隔に並ぶ警護の者の緊張がある。

酒精が混じった老臭の源は、数十本のろうそくに照らされた黄金の寝台の上にいた。たるんだ皮膚に無数のシミを浮かび上がらせた顔の赤い老人。酒と煙花の乱用が、健やかさと若さを削ぎ落としてしまっただけで、本当は初老かも知れない。

「誰、だ?モルか」
ぼんやりとした老人の意識が、モルへの恐怖でまとまり、理性と思考が動き出す。

まさか、マルラウ司教長。
最悪だ。
この状況では暗殺目的に忍び込んだと疑われても、申し開きのしようがない。
ファラ様が書き残した記録を調べるためなどという真実には、誰も耳を傾けないだろう。

(地上に出られるのが嬉しくて忘れてた。この辺、偉いさんの寝室だった)
心話に振り向くと、ティアが舌を出していた。
(1年近く過ごした場所だろう。どこに何があったかぐらい、忘れないでくれ)

そうか、書庫を司教長の居室に造り変えた際、地下への通路を緊急用の避難路として残したのか。

(では、アクティアス宮は)
(そっちは施療院になってた)
ファラ様の滅びと40年の月日は、白亜の城をも変容させてしまったらしい。

「誰か!妙な連中が、地下から」
目をそらしたとき、マルラウの呪縛が解けたらしい。かすれた声を上げ這いずって扉に向かっていた。たるんだ半裸の背に飛びかかり、床に押さえ込む。主の危機に駆け込んできた銀色の騎士をドルクが押し止める。ティアが走り、金の布の影からスタッフをふるう。

これ以上、騒ぎを大きくするワケにはいかない。
音を伝えぬ結界で周囲をおおった。無音の中で騎士が倒れる。
息を飲むマルラウを引き起こし、静寂の中で噛んだ。

予想通りにごった血だ。酒と煙花の酔夢に溺れる理由は、モルへの恐れ…仮にもホーリーテンプルの最高権力者とあろうものが、たった一人の司祭に対して、身を破滅させるほどの深刻な恐怖を、なぜ抱く?

(わからない、あの日、一介の見習いと面談しようなどと思ったのか。選抜試験で1番だったのか……英雄モル司祭長の曽孫だったからか)
マルラウの思考が現実からはなれ、過去に遊離する。


暑い日だった。
腹と脇に綿布をおいて法衣を着ていた。綿布に汗が染みて気持ち悪かった。粘りつく汗だった。なぜモルと2人きりだったのだろう。人払いを命じられた。違う、みんな勝手に出ていった。見えない何かに追われるように。

「久しぶりだな、マルラウ。私との約束通り余計なことはせず、よく司教長の座を守ってきてくれた」
ハタチの若造とは思えない、老成した嫌な笑み。
「今すぐ明け渡せとは言わない。ただ、私が戻ってきた以上、ホーリーテンプルは我が手に返してもらおう」

あれは死の床にあっても周囲を威圧した英雄、モル司教長そのもの。恐ろしい師であり主人。逆らおうなどと考える事もできなかった。

(アレフ様が出てこられた隠し通路、その先にあるモルの研究室。そこで何が行なわれているのか、知らないし知りたくもない)

この寝台で訓戒していた見習い聖女が何人か、隠し通路からきたモルに連れ去られた。彼女達は救われたと感謝してついていった。より恐ろしい運命が待っているとも知らずに。

そんな夜は、地下からかすかな悲鳴が聞こえていた。耳をふさぎ、気が遠くなるまで飲んで朝を迎えた。

シンプディー家の財力と人脈で、実権を握りにかかっていたメンター副司教長の権勢を、モルがもぎ取って行くのは小気味良かった。だが、明日我が身だ。

司教長位は終身制。生きている限り地位は安泰。だがそれは、モルが手柄をたて、ある程度の年齢に達するまでのこと。時がくれば始末されてしまう。

今ならわかる。英雄モル司教長が死に際にマルラウを指名した時の、哀れむような笑み。あれは生贄に向ける慈悲の笑顔。


(そんなハズはない。酒と煙が見せる幻覚だ。いくら子孫でも、そこまで鮮明な記憶と人格を受け継いだ生まれ変わりなど、ありえない)
(いいえ、あり得るのですよ、アレフ様。あの者はファラを倒した英雄モルであり、教会を創始した開祖モルでもある。記憶は遠く千年の昔にさかのぼると自慢しておりました)
マルラウが引きつった笑みを浮かべる。

そろそろ、無音の結界も限界か。

2人がかりで倒した銀の衛士を、寝台の裏に隠してから、結界を解いた。

警戒しながら入ってきたもう1人の衛士には、マルラウの口から、説明させた。同僚には隠し通路の先でした不審な物音を調べるよう命じたと。妙だと思っても、表立って疑い確かめる勇気はあるまい。

だが…本当にありえるのか。
特定の血筋に発現する生まれ代わり。知識を受け継いだ英雄の系譜。そんな吟遊詩人が歌う伝説のような事が。

「剣で殺せるが殺せない。世界を滅ぼさねば滅びない」
へパスの言葉が、ふと口をついて出た。

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