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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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明るい北向きの斜面をグリゼルダは見下ろした。バフルヒルズ城を囲むブドウ畑は、上からみると畝ごとに色が違う。ブドウ樹の種類だけでなく土まで違う。眼下の畑はバフル近郊の黒い土。南にはクインポート近郊から運ばれた赤い土と小石。

摘房《てきぼう》にかり出され、暑さとホコリと腰の痛みに苦しんでいた時には、土の違いに気付けなかった。枝と葉と未熟な果実しか見ていなかった。他に関心があったとすれば、日没に渡される銀貨の枚数と腕組みした監督の顔色。

あれから10年。農林試験部の副主任となった今は違う。ブドウ畑で行われている数十年単位の試験と畝の色の関係をグリゼルダは解っている。

早すぎる昇格は上につかえていた者が1年前のあの日、一掃されてしまったせいだが、役職に見合う知識と実力は身につけたつもりだ。ブドウだけではない。考えや立場の違いから来る、人の種類も見えてきた。

夜明け前からの臣民と夜明け後の移民。貧しきものと富むもの。代理人と公人。城に仕える官吏と町を司る事務官。保守派だ急進派だと、生い立ちと所属で人は様々な色を身につける。

グリゼルダの祖父母は中央大陸生まれ。移民だ。裏通りの借家育ちだから財産はない。ブドウ畑で監督に気に入られて城仕えになった技官のはしくれ。部署的には保守派だ。

傾いた旧家のお嬢サマで、町政に携わる事務官のハズが、代理人という特殊な地位を利用して、城まで取り仕切り、武官でまわりを固める急進派のイヴリン・バーズとの共通項は…ビンボーな親だけか。

失われた城の文官を町の事務官が一時的に補うのは仕方ないと思う。移民を重用してくれるのは嬉しい。別に彼女を悪人だと決め付けているわけじゃない。ただ、権限を多く握りすぎている。

職分を侵されたと感じる城仕えの年寄りと、先祖代々武官を勤めていた者たちが会っているのをよく見る。いつ実力行使に出るかわからない。イヴリンの暗殺や失脚は反動を招く。移民の孫であるグリゼルダも巻き込まれて…多分、失業する。

足音に振り返ると、移民組みの中でも変り種のジナが立ち止まるところだった。手下のブースも一緒だ。
「こんな所でブドウ園なんか見てたの。来て。もっと面白いモンが見られるわ」

ジナが浅黒い指で示したのは中庭側の窓。庭を挟んだ南の棟に動く影が見えた。海老茶色のドレスをひるがえして階段を登る中年女性。若い衛士を従えていない。珍しくイヴリンは独りだ。

「あの性悪女、石か木で出来てるもんだと思ったけど…人並みに頬を赤らめて執務室を出てったのよ。衛士も連れず、理由も言わないで。逢引よ、アイビキ」
「心を主に縛られた代理人が色恋なんて」

「クインポートの代理人は結婚して娘までもうけてたじゃない。それに、血の絆はとっくに消えてるかもよ。代理人連中はゴマカしてるけど」
ワインじいさん…イヴリンの片腕と持ち上げられながら、最近はすっかり遠ざけられているワイン醸造の統括部長は、まだ心を縛られているように見えた。心から光があふれた…そんな夢みたいな体験談を繰り返している。

「裏口から入る若い男を見たって」西階段から上がってきたのはストゥーか「しかも、通交証も顔も確かめずに素通し。警備してたのは冷血女が今年採用した衛士だ」
まったく、他人の逢引をここまで情熱的に詮索出来るとは。当のイヴリンよりコイツラの方が、よほど色ボケしている。

ただ、色っぽい醜聞は弱みだ。独善をたわめる力になるかもしれない。脅迫は卑怯だが、これも職場の円滑化のため。50になるまで勤め上げ貯金を続ければ買えるはずの、農園つきの一軒家のためだ。

主の長きにわたる不在で、昼も夜もひとけがない最上階。先代様がここで滅びたと思うせいか、寂しく重々しい墓所の空気を感じる。グリゼルダを含め5人ともが息を殺し忍び足になっていた。

廊下を伝わる人声に耳をそばだてた。女と男の声。謁見の間の近く、南側の控え室。あそこなら寝椅子がある。分厚いじゅうたんも優しく恋人たちを受け止めてくれそうだ。

止め具に彫金はほどこされているが、ニスも塗られていない無骨な木の扉に耳を寄せる。ジナが笑う。この場を冒涜する物音や睦言が聞こえないか期待する下卑た笑い。

「嫌、やめて」
普段の強い口調とは違う、弱々しい拒絶。声に含まれるのは快楽を予感した甘い諦め。性急な若い男の欲望を受け入れながら、事後に心理的優位に立とうとしている熟女の手管。どんな痴態をさらしているか。扉の前で妄想がうかんだ。急に、己が卑しく浅ましい存在に思えて、気分が悪くなった。

濡れ場をおさえ仲間を証人に冷血女から譲歩を引き出す…別に最中でなくても、言い訳も可能な、抱き合ってキスしているので十分だ。大恥をかかせて、本気で怒らせたりしたら、かえってマズい。ほどほどが肝心だ。

そっと持ち手を引き、扉を押した。
「名代殿、お声がしましたが何かありましたか」
光を絞ったテーブルランプの側に2つの人影が見えた。思ったほどイヴリンは乱れてない。赤いスカーフが解かれ襟元をはだけられている程度。

けど妙だ。
驚いたり怒ったりしない。グリゼルダたちを見ない。イヴリンが見つめているのは、城へ引き込んだ若い男の白い顔。闇に沈んだ黒衣の待ち人。

「おゆるしを」
頬に光る涙と、追い詰められた目。わななく唇。相手の肩を押しやろうとする手。怯え拒絶しながら、喉だけは無防備にさらしている。

これは…吸血鬼に蹂躙されようとしている犠牲者の図。

常に上に立ちはだかり思いのままに権力を振るっていた独裁者も、太守にとっては血の提供者でしかないと思い知る無残な姿だった。

失礼を詫び、すぐに退出しなくてはならないのに、足が動かない。目が離せない。間近で見た本当の主は冬の月の様に冷酷に見えた。

首筋に下りる赤い唇に応えるように、イヴリンが横を向く。目があった瞬間、グリゼルダはあとじさった。
「わ、私より、その者たちの方が、若くて血も熱いかと」
媚びと必死さが混ざった声。喉にかぶさっていた白い顔が、こちらを見やる。

「ご所望にお応えしたいのは山々ですが、森の大陸との貿易に銀船への対応。私はいま臥せるわけには」
見苦しい言い訳。
「そうだな。失うにはまだ惜しい」
白い手が肩から離れる。開放されたイヴリンが座りこんだ。

「そこの…グリゼルダか。お前の命を少し貰いたいが、かまわないか?」
許諾を求める言葉。
形式的でも、断れば助かる。

だが舌が動かない。首を横に振ることも出来ない。視線で縛り否を発せられなくしてから問うなんて。
(卑怯だ)
不遜な抗議を心の中でしてみたが、応えたのは愉悦の笑み。

太守の足元からはいずってきたイヴリンが、ジナたちを廊下に押し出す。金縛りが解けたように、口々に非礼をわび、駆け去る薄情な仲間達を背中で感じていた。

「どうか、ごゆっくり」
視線の呪縛から逃れ、余裕を取り戻したイヴリンの声。扉が閉まる。薄暗がりの中に1人取り残された。

目の前にいるのは青白い絶望。ゆっくり近づいてくる、薄く笑う顔をただ見つめていた。
「上役を強請るのは褒められた事ではないな」
聞いていた通りの冷たく硬い腕。捕らえられた瞬間、全て終わったと感じた。

(あなたをどうかして、好き勝手しているものと…)
心話で問いながら首をひねる。どこに居たのだろう。領内でウワサを聞かなくなってから、1年近く。いくら忍びで視察中だとしても、代理人をたずね贄を求めれば、人々は暗いウワサをささやきあう。

「当たっていなくもないが、全くの専横でもない」
冷やりとした唇が、首筋に触れる。内に秘められた牙を思うと体がすくむ。直後、心の高ぶりと喜びを覚えた。

「領民が私の所有物だと本心から思ってはいない。だが今は、海を越え昼に転移して、少しばかり渇いている。不運だと諦めて…いやそれは理不尽か」
耳元での勝手なささやきに聞きほれた。

「許せ」
牙が食い込んだのは感じたが、痛みはなかった。頭をしびれさせる快楽と開放感。飢えが慰められる喜び。この為に生まれてきたのだという、唐突な達成感。大きなものに取り込まれ一体化する安心感と万能感。

不安が消える。ドラゴンはいいかもしれない。神秘の生き物。目に見える力。グラついていた皆もきっと安心する。
銀船は大きく重い。浚渫されていないバフル港には入れない。引船や小型の帆船に分乗して上陸してくるなら、勝ち目はある。

目の前には絹糸のような銀の髪。心を作り変えられてゆく恐怖も満足感に解けていった。

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