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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
性別:
女性
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盆地の一軒家は、ワラを混ぜた日干しレンガで作られていた。小さな民家に見える。だが、窓がない。周囲に畑はなく家畜もいない。台所も便所もない。生活臭がない。ここは生者の住処ではない。

代わりに障壁と方陣に包まれた作業台があった。部屋の中央には金属の卵。中に封じられているのは唸る炉。繋がれているのは小型の自動織機。高速回転する加工機械。分子をも止める冷温庫。灼熱する坩堝《るつぼ》。その上で、銅《あかがね》のポットが輻射熱にあぶられ吹いていた。

ヨレた白い裾を熱気にあぶらせながら、ポットを覗きこんだ浅黒い男が空中にロウトを描く。渦が生じ霧を集め結露させ、透明な雫をポットに降らせる。井戸も川も泉もなければ、水は空気から得るしかないか。

「ヨク、イラッシャイマシタ」
乳鉢に凍った茶葉を入れ、一定のリズムで叩いているのは、ヒザまでもない自動人形《オートマタ》。木のイスに座った彼女にはサウスカナディで見た、ロビィの面影があった。

壁をくぼませた棚には、本と薬品のビンと、ガラクタにしか見えない器物。金属と樹脂と布と木からなる機能的なカタマリ。いや、あれは刃物や杖。見ただけでは判断のつかない物も、どことなく禍々しい。


「若い女の血の匂い…」
耳元でささやかれて、アレフは振り返った。いつの間にか背後に男が立っていた。おおげさに息を吸い、笑みを浮かべ、胸元を指す。白粉がわずかについていた。赤い頬の娘が暗がりで抱きついた時か。

慣れぬ化粧と胸の開いたドレス。何をされても構わないと覚悟した娘が思い描いた最悪は、1人で赤子を生み、周囲の非難に耐えて育てた数年後…跡取りを迎えに来たと、うやうやしく馬丁にかしずかれて馬車へ乗り、羨望の視線を浴びて生まれ育った村を後にすること。

彼女が想定した物語の様な最悪よりは、マシだったろうか。純潔は失わないまま、幻の恋と実体のない快楽と引き換えに、血と心を奪われ捨て置かれる現実は。

「こんなまがい物、お坊ちゃまは召し上がられた事はないでしょうが。まぁ、渇いてなくとも話のタネに1杯」
「黒茶は嫌いじゃない」
「ほう」
意外そうな顔から目をそらした。

外に朝日がさす。オークルが太陽に向かって吼え、舞い上がるのを感じた。
「心配しなくても、海辺へエサをあさりに行っただけ。日暮れまでには戻ってくる」
「私独りなら転移できる…夜になればだが」
「なかなか器用でいらっしゃる」

自動人形から乳鉢をとりあげ、黒い粘液をガラス器に分け、湯を注いで塩を落とし混ぜる男から目を離さないまま、そっと2羽の使い魔を放つ。1匹は外に。もう1匹は屋内に。暗殺の危険は低いだろうが、念のためだ。

「茶を頂く前に、名を教えてはいただけないか?礼儀というなら名乗ろう。私はアルフレッド・ウェゲナー…」
「名で私を特定するのはムリ。私自身が忘れてしまった」
渡された茶に不審はないが、渡した者は不審のカタマリだ。

生暖かく塩味のする黒茶は、シリルで飲んだものより濃く強かった。乾燥ではなく凍結保存されていたせいだろうか。
「8000年間、ファラ様は優雅に無視なさった。ロブ様は年に一度、使い魔を寄越して私の存在を確認するだけ」

ちりりと頭の奥が刺激される。8000年前…この大陸が不死者の支配に対抗する最後の砦であったころ。戦いしか知らぬ人々を、平和に慣れられぬ哀れな戦鬼を、ファラ様が劫火を使って大地もろとも焼き尽くした黎明期。

「へパス…様?」
「そのアダ名は好かん。おとぎ話の醜い小人の名だとヴァエルにさんざんからかわれた。それもまた、劫火を作ったむくいか」
黒茶をすするへパスを、伝説より古い呪われた魔法士を、無遠慮に見つめていたことに気付いて、あわてて目をそらした。

「身体を壊す武器。心を腐らせる毒。人を殺しつくす流行り病。街を砕く力。大地を焼く見えない火。そんなものに心を捕らわれた私を、放逐し無視し続けた。人が、テンプルとかいう奴らが、ファラ様を滅ぼしても、私は無視された。対抗する手があると手紙を書き送っても返事は無かった。そしてお前さん以外、みな滅びてしまった」

「なぜ、ファラ様は、わざわざ永遠の命を与えたのですか」
沈黙の中で、ヘパスが天井の一角を見つめた。クモが小さな巣を編んでいた。
「…造られた者の痛みを知れと、言われたな」
 
飲み干した器を置き、へパスが手を伸ばす。触れ、手触りを確かめたのは夜空の色をしたマントの裏打ち。
「20年前、ドラゴンズマウントから逃げてきた私が、地代として無名でした贈り物は受け取ってもらえたようだな。身につけた者の精神に反応して形状と性質を変える布」
気付かなかった。

「まぁ、凶刃を防ぐ程度のものだが。他にもある。欲しくないか。セントアイランドから灰色の同胞殺しどもを一掃する力。この地を、民を、守る力が」
一瞬、欲しいと言いかけて気がついた。見上げているのは、新しい遊びを見つけた、子供のような黒い目。

「父は、テンプルの者と戦った時…これを着ていませんでした」これに包まっていた“なりそこない”がマントを形見として受け取ったのは、モル等と戦う直前「それは多分ただしい」

テンプルは開発する。刃を防ぐ布を見たら、それを貫く剣を。いや、もっと強い武具を。果てのない破壊と暴力の追求は、世界に多くの死を広げる。

「私が欲しいのは、ただ1人を殺す力。父を滅ぼした者を倒す力。かの者が悪用している賢者の石を奪う力。強盗をする力で十分です」

「モルか…あれは厄介らしい。剣で殺せるが殺せない。世界を滅ぼさねば滅びない」
「それは何の言葉遊びですか」
不死者が人に理不尽を強いるかぎり、抵抗する者は出てくる…という意味だろうか。

「私にも詳しいことはわからん。ファラ様がそういった。知りたければファラ様が書き残したものでも読むがいい。だが、お前さんは支援者ではなかったかね」
「それは300年以上昔にいた開祖モルの」
「同じことだ」
9000年以上生きている者からすれば数百年はほんの少し前。先祖も子孫も大して変わりないか。

「そんな事より…テンプルの司祭から強盗するなら、魔法も防げる布がなければ返り討ちだ。ミスリルを編み込んだ法服を貫く刃物くらい要るだろう」
「剣やナイフは扱えないので拳鍔を」
「それは、強盗される側の護身用だ」

呆れた笑みを無視して、心を飛ばす。代金の算段のためにも、まずはイヴリンに相談を。それに領内に戻っているのに会わぬわけにもいかない。

(ああ、アレフ様)
危急とも取れる逼迫《ひっぱく》した気配に、不安を覚えた。
「日が沈んだ頃に、もう一度参ります。ここに転移のための方陣を描いてもいいですか」
陽光の下での転移はさすがにムリだ。

「そりゃ、かまわんが…バフルの城の中庭でいいか。オークルを迎えにいかせるのは」
「…ええ、お願いします」

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