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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「遅いお目覚めで」
低いドルクの声には、いら立ちが混ざっていた。ティアはスタッフ片手に扉の前に立ち、居間の騒ぎに耳を澄ませている。夕日がもれるよろい戸から逃げねばならぬ事態かと、アレフは寝台から素早くおりた。

汗臭さと金属臭さ。武装した大勢の人の気配。限界まで張りつめた幾つもの心。今朝おとずれた異分子に刺激されてあふれ出し、荒事のために押しかけたとしてもおかしくはない。いや、最後の1滴を投じたのは私か。

そんな危険を犯してアースラから奪った分は、真昼に心を飛ばしたのが災いし、かなり失ってしまった。

身支度を整えながら、あせりが混じった怒号を聞く。
「テオを見捨てろって言うのか」
「だが…もうすぐ日が」
どうも非難や攻撃の対象は、我々ではないようだ。むしろ彼ら自身に向けられている。

薄情者と呼ばれ卑怯者のそしりを受けるのを恐れている。だが、選ばねばならぬ結論は一つ。わかっていながら、熱い塩ゆで肉を前にしたネコの様に、まわりを無意味にウロついている。

無秩序に発せられる言葉に、偶然の空白が訪れる。静かな中、木のイスと床がこすれる音がした。
「みんな、持ち場へ戻りなさい。間もなく夜が来る」
パーシバル・ホープが揺るがない声で結論をつかみあげる。

「でも…」
言い募る若者の声は、小さくなって消えた。
「私の命令だ。テオは、きっと…ドライアドが守ってくれる。彼はいい男だからね」
仲間を見捨てねばならない罪の意識。その重荷を肩代わりしてくれる責任者から、任務という言い訳をもらって、彼らは館を出て行った様だ。

「そろそろ参りましょう。陽のあるうちに出ませんと、余計な疑いを招きます」
ドルクの口元には皮肉な笑みが浮いていた。

扉の向こうには、今朝より一回り老け込んだ顔があった。
「ファレルさん、でしたか。ご気分は?昼食にお誘いした時は、死んだように眠っていたが」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
やはりパーシーの心は読めない。

「アニー」
「お弁当でしたね。ここで食べてけば手間いらずなのに」
さっきまでテーブル周りにひしめいていた者たちが手にしていた、様々な形のカップを水オケに浸し、茶カスを落としていたアンナとかいう婦人が、薄く削った木を編んだバスケットを持ってくる。

「今朝、運んできてくれた干し魚とイモのツボ煮。そば粉のパン。それとリンゴが6つ。このビンは熱いまま詰めた黒茶。口をつけて飲むんじゃないよ。このカップを使って飲んで、キチンとフタ閉めておけば、2日は腐らないからね」
ドルクが重そうに持っている。ベッドの横においた銀貨の枚数で、見合うのか少し心配になった。

「あんたらがテオを探しにいってくれるって事は、話さんかった。期待をさせたばかりに、落胆した者たちが、心無い言葉や理不尽な暴力を、お客人に向けられないとも限らないからね」
いつの間にそういう話になったのだ。昼食事か。

「いくら浄化の術が使えるからって、深追いするつもりないし、ヤバくなったら切り上げるけど、それでいい?」
「白木の弓持つ森に選ばれし戦士が一緒なら、ドライアド達がテオの事を教えてくれるでしょう。そうでなければ…もうこの世に居ないものと、諦めもつく」

ティアに優しい目を向け、ドルクには信頼の笑みを見せ、最後に私をにらむ。非難されているようで、落ち着かない。ふっと笑い、目を逸らせるパーシーに全てを見透かされているようで、不安になる。

館の門前に立ち、見送る村長の姿が垣根の向こうに消えた時、握っていたこぶしを開くことが出来た。
「動揺なさいますな。疑ってはいても、まだパーシーは確信しておりません」
無力な昼間に踏み込まれたかも知れない危機に、今さらながら背筋が震えた。

「夕方に、どちらへ」
「モル司祭が来るまでの下調べ。幻術つかってくから平気」
門を守る自警団員の前で、ティアが水晶球に込めた幻術を発動させる。目の前で話している相手の存在感が薄くなる奇妙な感覚に、目をこする彼らに手を振って、森に足を踏み入れた。

細い獣道。草と枯葉が少し薄い場所としか見えないが、ドルクの意識を通すと、事情は異なる。テオを探して大勢の人が入った足跡。踏み折られた草。そして人間のにおい。人であった頃は森に生きる狩人。今は半ば獣。知識と鋭敏な感覚によって、森は過去の光景を語りだす。

「このあたりから、足跡はとぎれがちです。テオは大きい若者でしたか」
「上背《うわぜい》は私と同じくらい。ドルクより肩はたくましかった」
「そこの枝先が折れてます。ここを走り抜けたようですな」
折れてると言われても、ドルクが指ささねば見落としてしまう小さな痕跡だ。

「下草や落ち葉の間に白い物があるが」
「魚の骨でしょう。このあたりでは登ってきたサケやマスを仕掛けで捕らえ、食べきれない分を森の木に捧げる事になってるはずです」
肥料ということか。人だけでは深部には運べぬ以上、鳥や獣も協力しているのだろう。それが食べ残しや排泄物という形であるとしても。

川で生まれ森に守られて海に旅立ち、大人となって戻ってくる魚達。その銀鱗に包まれた紅い身を食らって、幹を太らせこずえを天空へ伸ばす木々。

「ところで、どうしてテオを探そうなどと」
ウッドランド城に向かういい口実なのは確かだ。アースラをひたすら案じていた青年を思い出すと、罪悪感も覚える。出来れば見つけて、連れ戻してやりたいが。

「テオのせいで、満足するまで飲めなかったんでしょ。こっそり始末して森に埋めちゃえば、二度と邪魔されないって」
ティアの笑い声が、静かな森に響く。偽悪なのか本気なのか判然としないが、ひどくこの場を冒涜している気分になる。

いつしか森は深くなり、一抱えどころか小さな小屋か家並みに大きな幹が見渡すかぎり立ち並んでいた。塔よりも高く先の見えない梢が、宵の空を閉ざす。下草はほとんどなく、落ち葉は厚く積もり、雲の上を歩いているようだ。

一本一本、表情の違う生きた柱に囲まれた緑の宮殿。口を効くのもはばかる荘厳な雰囲気に飲まれる。葉のささやきが何かを告げている。いや、これは女の声と、じれた男の声。

「早くしないと。もう日が暮れちまった。頼む、どいてくれ!」
「城は危険です」
「お前も殺されて彼らの手先にされてしまう」
「子供の様にガンコなお方。いいから私と遊びましょうよ」

幹から半透明の貴婦人たちが湧き出す。緑の葉と光で作り上げたドレスをひるがえして、宙を舞い、笑みかけ、また幹に戻る。声に近づくにつれて、彼女たちは大きくなり、落ち着き上品になっていくように感じた。

「おどろいた。あたしにも見えるわ」
ティアは目を丸くしているが、ドルクは私の意識を介さないと、薄ぼんやりとした光にしか見えないらしい。

それにしても、立派な木々だ。セントアイランド城の広間を支える柱も太かったが、ここまでの威圧感はなく、高さもなかった。この地の木だけではなく、世界から集めた木々に手を加え、知性を与え、数千年の時をかけて育て上げられた生きた柱たち。

つるりとした幹、白い幹、コブだらけの太い幹、細かな枝が広がりドームとなっている茂みもある。

樹皮が曲線に割れてウロコ状となっている太い幹の向こうに、緑の貴婦人に囲まれてあがいている青年がいた。
「ティボルド・ハクスリーさん?」
ドルクが声をかけると、青年はホッとした顔で振り返った。

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