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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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アレフは治癒呪をかけながら口づけを終えた。アースラ・タックの首筋に小さく残った紅い2つの印。呪縛が伴わないなら数日で消える。
「あなたの勝ちだ」
ささやき、ふさいだ口の位置から見当をつけ、頭の奥の血流を止める。

吸血による穏やかな虚血に比べれば、はるかに乱暴な方法。頭を殴るのにも等しい。襲われた事だけでなく、今朝、目を覚ましてから今までの出来事を忘れてしまうかも知れない。

目まいを起こして座り込んだアースラを放置して、逃げ道を探す。はた織り機が居座る作業場、南の暖炉を中心とした台所兼居間、そして寝室。狭い家だ。裏口はなく、窓は小さい。

「タックおばさん、干し魚…」
明るい声が途切れ、駆け寄る気配がした。
「ああ、テオかい?」
「調子、悪いのか。ベッドに運ぼうか」
「大げさだよ。でも、何であたしは戸口なんぞで」

こっちへ来るのか。寝台の下は物入れ。隠れるのはムリだ。梁に身を隠しても、ベッドで横になれば目に入る。幻術でどうにかなるとも思えない。

(お逃げになりたいのですか?)
そよ風のような心話。振り返ると、明け放たれた窓の向こうで茶樹が揺れていた。
(ああ、2人に見つからぬように)

(承知しました)
緑の木を中心に力が集まるのを感じた。村内の茶樹は、ドライアドが宿りし大樹の枝から生じた分身か。元の樹に等しい薬効と魔力を得るために、人が挿し木で増やしたドライアドの指先。

淡い緑の光が周囲に広がる。空間がひずむ。いや、変化しているのは私の体のほう。

「立ちくらみなんて、今までしたことなかったのに」
「休めって。気分が悪いときは、おとなしく横になってれば治るって。母ちゃんの口ぐせだ」
「ガーティーの言いそうなことだね」

テオと呼ばれた大柄な青年が、アースラに肩を貸して狭い寝室入ってくる。避けようもなくぶつかる。だが、何の抵抗もなく、2人はすりぬけてベッドに向かった。こちらの姿も部屋にあふれる緑の光も見えていない。

(ウッドランド城を隠している空間の移相か?)
(影の無い御身が、人の目に映り触れる事もできる。その方が不思議だとは、お思いになりませんか?)
どこか、諭すような心話。茶樹の母なる存在は、私の10倍は生きている巨樹だったろうか。

「なぁ、首筋の…その、虫に刺されなかったか?」
「いんや、かゆくも痛くもないよ。それより、何でしめったエプロンを握っていたのか、トンと思い出せないんだよ」
木靴を脱ぎ、横になったアースラは笑っている。

青年のこげ茶の目が食い入るように噛み痕をみつめ、太い眉が深刻そうに寄る。日に焼けた頬が引き締まり、厚い唇の奥で歯が食いしばられる。細かなクサリを編んだ鎧が身の震えにかすかな音を立てる。背負った大きな剣がどれほどの役に立つかはわからないが、警備の任についていた姿のままで駆けて来たのか。

「テオ、有り金ぜんぶ賭けですったみたいな顔してるよ」
「違うかもしれない。けど…」
「あたしが吸血鬼の犠牲になったと思うなら、パーシーを呼んできとくれ。ここに謹慎か、茶葉の乾燥倉に行くかは分からないけど、あたしの問題さ。あんたがそんな顔する事はないよ」

アースラのふくよかな手が、いくつか直しの跡がある、鉄のカブトをなでる。
「立派な姿だねぇ。伯父さんの鎧兜をスマイスに手直ししてもらったのかい? 重たいだろうに、あたしのために走って魚を届けてくれて…ありがとうね」

皮の篭手《こて》に包まれたテオの右手が握り締められる。聞いているのが辛くなり背を向けた時、意外なほどの身軽さで、テオが駆け出していった。再びすり抜けられても何も感じない。

(あの者が村長を呼んでくるまで邪魔は入りません。お食事の続きをなさいます?)
(もういい)
クインポートの町長と同じだ。おそらく彼女は折れない。血と今日の記憶を奪い、この先アースラが生きるはずの時間まで奪うのは気が進まない。

(では…)
室内が色あせ灰色に変わり輪郭も失って闇に変わる。いや、完全な闇ではない。ほのかに光る球体の中央に体が浮いていた。広がる髪とマント。重力がない。ここは地上ではないのか?

体に重みが戻った。球体が消え、周囲に光と色が戻る。風を感じた。軽く落下する感覚。地面に足がついた。眼前には木を削り、新しくたてられた墓標。

(召し上がられた血に溶け込む、女の想いに引かれましたか)
タックの名とドーン暦による生年と没年が、共通文字で刻まれていた。死んだ夫の墓か。だが、地下にアースラの夫だった者のムクロも骨もない。焼かれたのか、元から死骸がなかったのかは、分からない。

「ほら、いた」
ティアの声がした。顔を上げるとパーシーと連れ立って墓地に入ってくるところだった。
「商売とはいえ、新しい墓に刻まれた名を覚えるのも、ひと苦労でしょう。なんせ多すぎますからな」
パーシーの明るすぎる声には、悔しさと哀しみがにじんでいた。

「宿屋さんはもう商売替えして食堂と酒場だけやってるんだって。でもパーシーさんが泊めてくれるから大丈夫よ。馬は門を警護してた人たちが、世話してくれてる。近ごろ馬車が来てないから、馬溜まりの草すんごく伸びてた。あれなら飼葉いらないね」

うなづきながら、さっきの転移について考えていた。一度、この身を移相させてから、空間ごと移動させられた。
ウッドランドでは城や巨樹が忽然《こつぜん》と現れ、時には森の中を幻のように移動するという。先ほどの術の応用だろうか。

だが、本来は虚であり、実体が仮である不死者や、元から亜空間上に組まれたケアーはともかく、確固とした実体を持つ樹や城が転移できるものだろうか。

ドライアド達が守り伝えてきた、ウッドランドの秘儀。村を案内するパーシーと、ティアのあとに続きながら、驚異に触れて活性化する思考にアレフは意識をゆだねた。

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