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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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水をふくんだ綿が頭にのっているような不快感。ハラワタをよじる吐き気や、手足の鈍いしびれ。シリルの門を潜るときに感じた結界の重圧の向こうに、人々の疲れた顔があった。

木の壁や板ぶきの屋根が、果樹や茶樹の間にみえる。泥と石と漆喰《しっくい》が普通だった故郷の常識からすると贅沢な造りだ。干した牛馬のフンではなく、薪《まき》を燃やしての朝の支度。ただよう煙の香気も富者の証に思える。

しかし、いま目に映っているのは、継ぎ当てしたスボンやスカート。色あせたたチョッキやスカーフをまとう貧しき者たちの家々。偽りの名と職を告げながら、森の大陸がもつ普遍的な豊かさに、アレフは羨望を覚えた。

むろんシリルがただの村でないのは承知している。かつてウッドランド城に出仕していた者の村。ドライアドが触れたがらぬ金属を扱う衛士や下男、火を扱う女中がここから城に通っていたはず。櫓《やぐら》から見下ろしている男がまとう、鉄片を縫い付けた緑布のヨロイは城の守衛のもの。

読心を弾く意思強き灰色のヒゲの男がまとうのは、白いシャツとシカ皮のチョッキ。彼がウワサのパーシーだろうか。増殖を続ける不死者の脅威にさらされながら、皆を鼓舞し理性的な指示でシリルの秩序を保ち続けている雄々しくも健気な村長。

疑われぬうちに、ポケットの水晶玉に触れ幻術を発動させる。人ではなく見慣れた木立や石くれ程度の存在だと誤認させる。集まっていた者たちが興味を失い目をそらせる。干し魚のタルや小麦粉の袋、それらの処置を聞くドルクや、吸血鬼の被害をたずねるティアに人々の関心が集中する。

「この村の長、パーシバル・ホープです。シルウィアからの長い道中、よく無事で」
「村長さま自らのお出迎え、恐れ入ります。いやぁ、この弓をくれた森の貴婦人のご加護と、こちらのティアさんの法術で事なきを。ところで、荷はどういたしましょう」
ねぎらうパーシーと応えるドルクの声を背に、家や小さな菜園をぬって曲がりくねる小道に入った。

「まず、ここでタルを2つ下ろして下さい。食料は皆で平等に分ける取り決めになっとるんです。私が干し魚の本数を数えて家族数に応じて各戸に割り当てるから、その間に、残りは備蓄倉庫へ。エズラに案内させましょう」
村人の歓声と、順番を守るよう告げる声が次第に遠くなる。

丸太の防壁内では日常が営まれていた。ニワトリやガチョウが騒がしく駆け回る庭先には、寝具や肌着がひるがえる。軒先にぶら下がるハーブの束やリンゴ酒の袋を見やりながら、屋内の気配に心を向ける。

フシの多い床を掃いている子供。火の番をしながらナベをかき回している老人。三角のソバ粒を石臼でひいている老女。腐らせた亜麻やイラクサをツボから出して広げている娘。パーシーがティアに語っているように、村人の四半分が殺されたか転化したとは思えない、のどかさだ。

だが、南の日陰には人を焼いた跡と、多すぎる新しい墓。家の扉には破魔の紋が刻まれ、窓には同じ紋を刻んだ金属や香木か掛けられている。ネギやニンニクの臭いを染みこませた目玉模様の布がひるがえり、野蒜《のびる》を編んだ網目飾りが辻に垂れる。

苦痛ではないが、不快感は次第につのる。日の光が届かぬ日陰でも使い魔の動きがにぶり、たまに読心や気配の察知が出来なくなる。はた織り機を操る小太りの女に狙いを定めるまで、ムダに歩くハメになった。

「すみません、道に洗濯物が落ちていたのですが」
庭先の茶樹にかけてあった湿った前掛けを手に声をかける。ブナの波打つ葉と角張った実が刻まれた破風を見上げながら、魔よけの紋を避けて扉を叩いた。陽のまぶしい朝であるせいか、あっさりと迎え入れられる。

「おや、ご親切に。すまないねぇ、あんたは…誰だい?」
洗濯物に泥がついていないか確かめていた目が、不審そうに寄る。笑みかけ魅了しようとした直後、拒絶の意志が湧き上がる。口が丸く悲鳴の形に開いた。

あせって口をふさぐ。勢いあまって壁に女の頭がぶつかる鈍い音がした。
(この化け物め、青白い血吸い野郎!)
心から悪罵があふれ、うめき声も収まらない。テンプルの戦士より勇敢で強情だ。陽のある今、血の絆で配下にするのは無理かも知れない。口を封じるなら半死になるまで血を…

(もう済んだ?)
ティアからの心話。干し魚の配分は終わり、人々は解散しかけている。急かされるように首筋に口づけした。
「そういえば、変な髪色の魔法士さんは?」
赤い陶酔を破る言葉は、ティアの聴覚からか。

「変とはひどいね。遥か北の雪原の地や海の向こうでは普通に見かける髪色だよ。東大陸の太守も銀髪だった」
婦人の不見識をパーシーがたしなめる。

「魔法士って下調べが大事だから初めての村とか町につくとフラフラ歩き回るの。習性みたいなもんよ。気にしないで」
「ああ、井戸が近すぎるだの、屋根にリンゴの枝が被ってるから切れだの、庭の片スミにある切り株が祟っているだのと、まことしやかに言うアレかね」
「そうそう」

ティアとパーシーの会話を聞いていると、血の味がよく分からなくなる。
「おれ、隣のタックおばさんのトコロに持ってってやるよ」
大剣を背負った大柄な若者が、包帯代わりのリネンのスカーフに干し魚を包んで駆け出す。

タック…
まだ抵抗を続けている、この婦人の姓。呪縛はとてもムリだ。気絶させるのも間に合わない。いっそ喉を食い裂いて息を止め…出来ない。それに、かえって騒ぎが大きくなる。

軽快な足音は、容赦なく近づいてきた。

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