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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
性別:
女性
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爪を黒ずませて摘んだ若葉は、すぐ蒸して日陰で乾かす。飲む前に石臼にかけ、なめらかな粉末にする。水を少しずつ加えながら混ぜ続け、ユリやカタクリの球根をすり下ろしてしぼり入れる。

「貴重な塩をひとつまみ。火は熾《お》き火でトロトロと。泡が出たら火を引き余熱で仕上げる」
威厳と願掛けのために伸ばし続けているヒゲに、まとわりつく白い湯気。静かな教会の厨房で、パーシーは暁の日課にいそしんでいた。

父に教えられた通りに淹れた、とろりと熱い黒茶。大きな鉄のポットに移しかえキルトをかぶせて保温する。盆に載せたカップには花鳥の彫金。ビーズや貝が薄闇に光る。亡き妻の嫁入り道具だ。せめて海を越えてきた贅沢な器で、監禁と忍耐に報いたい。

「徹夜の見張り、ごくろう様」
廊下の奥、鉄格子の前でアクビしているカータスの次男坊に声をかける。鉄片を縫い付けた布ヨロイは城の衛士だった親父さんの形見。ヤリの穂先がにぶく光る。

貴重な銀を使った武器は、これを含めて十本あまり。村を守るので精一杯。攻めに出るのはもうムリだ。

厳重な2つの錠前と閂《かんぬき》を外すと、地下への階段が現れる。本来は預り金や教会の文書を保管する場所。だが現金や帳簿類は全て、半年前に引き上げられた。

階段の先、2重の鉄格子の奥には、いくつかの人影。だが通常の牢屋と違って悪臭はない。自主的に捕らわれ人となっているのはフケもアカもなく、息をせず排泄もしない者ばかり。石壁に過ごした夜の数を爪で刻みながら、滅びの時を待つ、死人となった村人たち。

ロウソクのわずかな明りにも眩しげに目をおおう彼らのために、温かい茶を注いで盆に載せ、格子の下から差し入れた。
「黒茶だ」
無言で茶に集まる大小の影。一番ちいさいのはカータスの末娘。まだ3歳のはず。上で滅び行く妹を見張る兄の気持ちは想像して余りある。

かつてウッドランドを治めていた太守グリエラスが、血の代用品として作り出した黒茶。意識が澄み気持ちは高ぶり、徹夜明けの疲れぐらいは吹き飛ぶ。飢えと渇きをひととき忘れる事も出来る。だが、これだけでは人も不死者も長らえる事は出来ない。

先日、ルイザ婆さんがここで灰になった。生前に被っていたスカーフに包まれた白い粉末を日にさらし、墓に埋めたのは2日前、いや、もう3日前か。

「すまんな」
「いいえ、村でおだやかな最期を迎えられるだけで十分です」
5歳の子を残してきたカーラの気丈な声。皆が飲み終わり、器を載せた盆を押し返すのは、司祭どもに案内人として雇われ、討伐の結果を知らせるために、化け物あつかいされるのを覚悟で戻ってきたケニスのゴツい手。

噛まれても始祖の呪縛を受けず、死人となっても村に留まることを望んだ意思強き者たち。そして愛するものの血を啜ってまで永らえる事は望まぬ、心優しき者たち。

「明けない夜は無い」
希望の言葉が空しく響く。家族への手紙や不安を紛らわせるためにこしらえた手芸品を受け取り、石の階段を登る。光がまぶしい。生者の世界へもどった証。盆と共に握っていた手燭の灯を吹き消し、閂を下ろし2つの錠前で止め、カギの1つをカータスの次男坊に託す。

目の下にクマをつくった若者に黒茶を1杯ふるまい、表の井戸で水を汲みポットと器を洗う。全ての器を拭きおわる頃、東の防壁から陽がさした。狭く息の詰る村に変えてしまった丸太の壁。各家の扉や窓には破邪の紋を刻んだ物々しい魔よけ。

全ては約10ヶ月前に始まった。
スゥエンのとこのサニーがいなくなり、血を失い青ざめた死体で見つかった。少年の喉には忌まわしい噛み傷。涙に暮れた若夫婦が我が子を連れ帰ったその晩、サニーはよみがえり母親を襲おうとした。そして、万が一のために詰めていた若者と司祭の手で滅ぼされた。

原因は察していた。1年前、教会に納める寄付という名の税金を、特産の香茶や薬草の出荷制限をタテに、値切った。魔物はほとんどいなくなっていた。重い寄付金を課せられる理由は無いと突っぱねた。

厄介な魔物を召喚し操っているのは教会に属するテンプルだ。教会の総本山が中央大陸に移動してから、新顔の魔物どもは姿を消した。

残ったのは闇の太守が遺していったドライアドや、辺境のドラゴン族。不用意に手出ししたり機嫌をそこねない限り、危険の無い連中ばかりだった。大体、吸血鬼は東大陸にしかいないといったのは、教会のやつらだ。

村人は勇敢にこの脅威に立ち向かったが、犠牲者は出続けた。自警団が組まれ、夜は独りでは出歩かないと取り決めがなされた。

それから間もなく、親切顔のテンプルの司祭や騎士たちがあらわれた。敗北感に打ちのめされ、その汚いやり口に義憤を感じながらも、寄付の増額を約束し助けを乞うた。それで悲劇は終わるはずだった。

かつてこの村を穏やかに支配していたヴァンパイア…20年前にテンプルに滅ぼされたグリエラスの居城に、新しいヴァンパイアが住み着いた。
そうテンプルの司祭らはパーシーに語り、自信たっぷりに討伐にでた。そして、彼らは帰らなかった。戻ったのはケニス1人。

死人となったケニスが語った討伐隊を見舞った惨劇は、酸鼻をきわめた。
村に残って恩着せがましく交渉していた準司祭の、青ざめた顔も忘れられない。準司祭は慌てて増援を頼む速文を書き、鳥と馬に託し、ケニスを火刑にしろと、八つ当たり同然の大騒ぎをした。

その夜の内に準司祭は血を失った死体になって村の広場の木にぶら下がっていた。残った教会関係者は地下から全てを持ち出し、次の日にはいなくなった。

ケニスをはじめとする、転化した者達から知識を得て防壁を築き、魔よけを施した。シリルから出る犠牲者の数は減ったが、今度は他の村が狙われた。ハントのように数日で全滅した集落もある。

逃げ出したくとも、道で夜を迎えたら何が起きるかわからない。なんとか別の村や町にたどり着いても、シリルから来たと告げたとたん、門は閉ざされ、石もて追われる事もあるという。

「シルウィアから干し魚が届きました!」
物見櫓《ものみやぐら》から呼ばわる声がした。良かった。これでもう少し頑張れる。危険を犯して川を下ったフォレストの勇気は報われた。

鶏の声を圧する騒がしさで、門が開く。人々が家から出てきて門へ向かう。かすかな馬のいななきと車輪の音。なんと荷馬車で夜道を来たのか。かつて船を駆って大洋を渡っていたシルウィアの豪胆な貿易商魂は、健在らしい。

遠目に灰色の法服が見えた。そして木の長弓を背負ったヒゲの男が自警団の若いのと快活にしゃべっている。テンプルの法力と、森の加護を受けた弓が彼らを守ったのか。

あの法服は…死んだ準司祭が速文で呼び寄せるといってた、モル司祭だろうか。小柄だと聞いてはいたが、少年に見える。それに従えている人数も少ない。よそ者は、灰色の法服も含めてわずか3人。皮チョッキのヒゲ男と、背の高い白髪の老人。

いや、法服は女だ。横にいる黒マントも老人ではないようだ。声が若い。思い出せないが、会ったことがあるような気がする。

多分、寝不足からくる錯覚だろう。
パーシーは、既視感を苦笑でまぎらわせた。

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