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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
性別:
女性
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「うら若い女性に、その仕打ちはイカガなものかと」
渋面の教長を、ハジムが廊下へ押し戻す。だが苦言を呈したくなる気持ちは、ルーシャにも分かる。

イスに縛られた十代半ばの小柄な聖女見習い。蜜色の長い髪は乱れ、紺色の目には涙。日に焼けたほほに食い込む猿ぐつわ。婦人用の宿坊に運び込んだ時から、廊下は見物人で一杯だ。

「これを見てもか? あの娘の縄を解いたら、あんたらの目だって」
ハジムは顔の包帯をめくったようだ。教長と廊下の見物人から悲鳴がもれた。拳士の左眼は赤黒い穴になっている。

ヴァンパイアを取り逃がしたルーシャとオットーが、獣人を何とか倒して駅に駆けつけたとき、駅舎から逃げてくる人々にぶつかった。

待合室の長イスは壊れひっくり返っていた。娘を床に押さえつけているハジムは血に染まっていた。呻きながら縄を幾重にもかけていたアニーは、息と身なりを乱していた。
「猿ぐつわ外したら、風を呼んで逃げようとするの。危なくて」
赤黒く腫れた顔で言われては、うなづくしかない。

アニーの骨折と痛めたスジはルーシャが治した。だが目は複雑で精妙すぎる。回復呪では治せない。

身をていして馬丁見習いを逃がした、優しく勇気ある聖女見習。伝聞と現実のティアはあまりに違う。駅から逃げ去った、ひょろ長い銀髪のヴァンパイア。ヤツの邪悪な意思に縛られ、心ならずも暴れているなら、悲しすぎる。

「そろそろ、あんた達も出て行ってくれる?」
犬でも追い払うようなアニーの仕草。ルーシャが困惑してオットーと顔を見合わせていると、アニーは首筋を指して見せた。
「こことは限らないでしょ」

仕方なく、ハジムに続いて部屋を出た。だが聞きたがりが群がってくる廊下も居辛い。結局、割り当てられた宿坊に落ち着いた。

「で、どんなヤツだった」
ハジムにまで同じ事を聞かれて、ルーシャはげんなりした。
「背はオットーと同じくらい。駅の柵を跳び越えたのには驚いた。その後、足をひきずってたが」
浄化の光が効いたのか、単にクジいたのかは分からない。

「どういう理由かは分からないが、太陽に耐性がある。光を浴びても顔は白いままだった。
獣人の手下もいた。倒して処置したが、ユーリティス…いや東大陸の吸血鬼も獣人を持っていたかな」

オットーは壁際で溜め息をついていた。背を飾る静流紋を潰されたヨロイを未練がましくなでている。
「代わりは支給されんだろうな。銀の剣も折って5年経つがあのままだ」
「明日、鍛冶屋に頼めよ。それより、オットーはどう思った」

「お前が言っていたとおりだ。拳術の初心者。体は細い。荒事にも慣れていない。ただ、呪なしでルーシャの火を散らした。肺と喉を潰しても安心できない。石つぶてを飛ばしてきた」

真剣に考え込んでいるハジムが、ルーシャには不思議だった。
「再戦があるとは思えない。逃げ足は速かったよ。手下を見捨てて一目散だ。街道を離れて辺境に潜まれたら見つからないかも知れない」
「あの見習いの娘に執着してんなら、取り戻しに来るだろ」

「それはどうだろうか」
ティアが暴れた理由。ヤツが逃げおおせるまで、アニーたちを引き止めておけとと命じられての事なら、彼女は捨て駒だ。湖岸の未亡人も、馬丁見習いも、ヤツは捨て置いた。
犠牲者の全てを吸い尽くし、殺すまで諦めない死人の執着と、あの妙に滑らかな顔は結びつかない。

扉を叩く音がした。
「入るわよ」
通信筒を手にしたアニーが、マユをひそめる。暑い中を旅してきた男3人の部屋だ。ご婦人には少し辛い臭気が、こもっているのかもしれない。

「やっぱネックガードの下か?」
ハジムの問いに、アニーは首を振った。
「外してみたけどキレイだった。若いっていいわね。シワもたるみも無い」

「んなこと、聞いてねぇ」
「手首に胸、腕に脇、ヒザ裏に足首。耳の後ろにこめかみ、あと下着を脱がして太ももの付け根も見たけど、牙の痕は無かった。舌やアソコまでは調べてないけど」

「船でもヤツは首筋を噛んでいる。あまり下品な口づけはしない気がする」
「とりあえず、オマル椅子に縛りなおしてきた。また漏らされたら大変だし。
それと、本山から親書がきてたって。差出人は副司教長サマ」

ぞんざいに投げられた通信筒を、ルーシャ両手で受けた。銀の筒には赤い封緘。フタをあけ、巻いた小紙片を、ロウソクの光で読んで、困惑した。

「どうしたの」
「偽ヴァンパイアの追跡は速やかに止めよ。もし聖女見習いティア・ブラスフォードを保護したなら、すみやかにホーリーテンプルまで送り届ける。それを第一の任務とす。だ、そうだ」

「なんだそりゃ。偽なのは手紙の方じゃないのか」
「筆跡は本物に見える」
優雅で読みやすい字。かつては師として仰いだ、穏やかさと老獪さが同居する笑顔を思い出した。

「手負いの獣みたいなあの娘が、名指しされるほど大物なのか」
ハジムが目を押さえる。そのあたりは彼女自身に聞くしかない。風を封じる方陣を描けば大丈夫だろうか。

だが、再びアニーの部屋に戻って、娘の様子が一変している事に気付いた。今は敵意は感じられない。暴れもせず、こびるような視線を向けている。

「かなり手荒に体を検めたとか」
「少しは。けど妙にしおらしいわね。暗い部屋に1人ぼっちってのが効いたのかも」

ふと、鎧戸の隙間に気配を感じた。念のため部屋に施した結界を確かめる。異常は無い。だが、奇妙な胸騒ぎは消えなかった。


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