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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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枝をツルで編んだ粗末な扉を押し開ける。半割りの丸太を組んだ床にアレフは倒れこんだ。
板に貼られた生乾きの毛皮。積まれた薪。炉とナベ。生皮を漬け込んだ大ツボに脂の染みた作業台。猟師小屋か。

死骸も枯れ葉も、速やかに食われ腐り土に返る暑い森。人の手で腐敗を止められた獣皮が放つ、かすかな血の臭いに導かれたようだ。

忠実な従者も、庇護すべき娘も見捨てた。私だけが逃げて、沼地から暗い森に跳び込んだ。

ツルを引きちぎり下草をかき分け、暗く赤い樹の下を駆け抜けた。頭上で鳴き交わす鳥。鮮やかな虫と名も知らぬカエルの声。合い間に殺せと叫ぶティアの声を聞いた気がする。

死と血の臭いが染み付いた床で、喉と脇腹の痛みに触れた。不死の身に備わった復元力や通常の治癒呪では治らない。呪を唱え方陣を組み、記憶していた『傷つく前の体』を部分的に再構成した。穴の開いた服まで元に戻る。なぜか笑えた。

間もなく日が暮れる。気がゆるんだとたん心が引っ張られた。意識的に止めていた従者へ流れる魔力。

観えたのは葦原に捨て置かれたムクロ。心臓に杭打たれた体。足の間に置かれた生首。人狼の状態ならまだしも、人の姿に戻った遺体を無残に破壊し愚弄《ぐろう》したのか。あの2人の感性が理解できない。

遺体の周囲に人の気配は無い。イモータルリングを基点にドルクの周囲に方陣を組み上げた。まずは停滞の術式で腐敗を止める。結界は屍に集まる虫と鳥を払う。この先は杭を抜き、頭を元の場所に戻してからだ。

次はティアの安否だが…生きている。治癒を要する負傷もしてないようだ。相変らずおよその位置しか分からない。エクアタの市中。それも東部の方、おそらく教会だ。

気分が悪くとも、今は敵の事を考えなければならない。彼らが追跡を続けていた時の警戒に、使い魔を組み上げ周囲に放った。
日がある内にティアを連れて教会にこもったとも考えられる。人質を盾に向こうの領域へ招待された時の事も考えておいた方がいい。

ただ、1点だけ彼らを見直した事がある。
駅に仕掛けられていたのは禁呪や火炎呪ではなかった。手間がかかるわりに効果時間が短く消耗が激しいホーリーシンボル。死人にだけ効く呪法。駅に集っていた人々が感じたのは、眩しさと爽快感のみのはず。

もしかすると、考え方を異にする者たちなのかも知れない。城に侵入した3人や、禁呪でバフルを悲劇に落としたモル。そして目的の為には手段を選ばないティアとは。

夕闇の中を歩いてくる者がいる。苦もなく読み取れる心に緊張がとける。射落とした美しいサルを背負った小屋の主。欲望がうごめいた。

こんな時にも渇きを覚えるのが滑稽に思えた。たとえ命は奪わなくとも、見境なく人を食らうなら悪鬼かも知れない。この森の獣が猟師を恐れるように。少なくとも人の目には……彼らの目には、死をもたらす者に見えたのだろうか。どんな手段を用いても退《しりぞけ》るべきだと。

だが、盗人と思われるのはもっと腹立たしい。
休ませてもらった礼に数枚の銀貨を置いた。

高床の小屋から音を殺して跳び降りる。
「誰だ」
鋭く問う声と、簡易の火炎呪を唱える気配を無視して走った。牢屋のようなイチジクの巨樹を回り、奇妙な形のキノコを崩し、アリの命を踏む。

あたりが闇に包まれた頃、沼地に戻った。

熱い大気のせいか低く大きな星空の下。打ち込まれた杭を引き抜き、重く冷たい頭を抱えて首に戻した。紅い指輪に記憶されていた“死ぬ少し前”の状態へと遺体を再構成する。

見開いた目に映る異郷の星座。時間と場所を把握しかねる従者を引き起こす。
「ずいぶんとブーツが汚れておいでで」
「命を盾に逃がしてくれた。その覚悟に応えようとして、走りすぎた」

灯火がもれる柵の向こうに目を向ける。
「さっきまで死んでいたところ悪いが、ティアがどうなったか、確認するのに付き合ってくれないか」

荷置き場に残る見慣れた旅行鞄。
「割り印をした荷札の控えは?」
「連れの聖女見習いが持っていたはずですが、なぜか見当らないのでございます」
汗かきの係り員は、納得したように頷いた。

「ここで大立ち回りしてた娘か。年増の聖女と拳士に縛られて…なんでも教会を脱走したとか言ってたが。顔にアザあるし猿ぐつわもされてて、痛々しかったなぁ。
もしかして、駆け落ちだったのかい?後ろの兄ちゃんと」

被害者として保護されたのではなく、拘束され連行されたのか。だが、計算高いはずのティアが、なぜ暴れた。殺せと叫んでいたのは現実か。死ねば遺体は捨てられ、ドルクの様に…合流できたからだろうか。

(ティアの望みは父親の仇討ちです。テンプルの者の力では討てない。あなた様の協力だけが頼りでした。ですから)
ティアはおそらく諦めない。テンプルの英雄であるモルを倒す事を。そして彼女を捕らえた者も彼女の師も、協力しないだろう。

それでもティアはたった1人で挑み、多分、敗れる。それはだけは何としても避けたかった。

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