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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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塩味と旨味と粘性。アレフの冷たい体を温める熱さ。血以外のものは水すら受け付けない身だが、黒い茶だけは口にしても吐き気を覚えなかった。生命力すら補ってのける良く出来た代用品。だが、足りないのは鉄臭さと生臭さだけではない。

結ばれる心。流れ込む思いと記憶。人の命を味わう充足感。
疲労した婦人の…ミリアの意識が、昂ぶりと虚血で闇へと沈む。

飲みすぎを案じたが、治癒呪をかけた直後、荒れているが形のいい唇から安らかな寝息がもれた。苦笑して寝台に運び、残り布を様々な色糸でつづり合わせた薄い寝具をかける。

眠りを妨げないよう、油を入れた皿に灯心を挿しただけの簡単なランプを吹き消した。ランプを戻したテーブルの上には青色を中心に選ばれた色糸と針山。かたわらには布の芯板を利用した背もたれの無いイス。そして、完成間際の刺繍を張った枠が架かっていた。

布の織り目を専用の針で一つ一つすくい上げて表した、現物よりも美しく緻密な空と湖。雨季と乾季で収入が全く違う不安定な漁師の生活を支える、奇跡の手わざ。この細密な刺繍で衣装を飾ろうとすれば、ヘタな宝石よりも高くつく事になる。

紅葉したツタを縫い取ったエイドリルの豪奢な上着。熱帯の花鳥をほどこした華やかなファラ様のドレス。見た事はあっても身につけたことはない。広大で豊かな土地を支配する太守にのみ許された贅沢。それが、このような場所で生み出されていたとは。

黒く堅い木の柱と梁は古い。だが、石を組んだだけの簡単な炊事場と赤土を突き固めただけの床、そしてアシで編まれた風通しのいい壁と屋根は新しい。この家は乾季だけのもの。大湖の周囲が冠水する雨季は、柱だけを残して壊され、家財道具を背負って高台に住む親元に間借りする落ち着かない暮らし。

奪ったものと、仕事の遅れで生じる損失を埋め合わせるために、金を置いた時
「それは、やめてください」
寝台の上から抗議の声があがった。
これは怒り、いや矜持《きょうじ》か。貧しくとも我が身と命そして心を、金で売りはしないという誇り。

「失礼した。では、ミリアが刺した美しい湖を見せてもらった謝礼、という事では」
「それは既に手付けを払われたよそ様の物。あなた様の物ではございません。お金を頂く理由にはなりません」
血の絆が強いるおそれを封じ、意を通すためにひたと見つめていた瞳がゆるんだ。

「難渋してあばら屋を訪ねた旅人を、わたしが信頼して招き入れ、求められたものを捧げたのでしょう。見返りを目的に困っている者を助けたりはしません」
魔力で操った心も行動の後は真実となる。否定はミリアの善意をないがしろにする事になる。

「あなた様が名も知らぬ娘さんの行く末を、いまだに案じておられるように」
喉に口づけた時、心にかかっていた事を読まれたか。

「もう少しお仲間を信用なさればよろしいのに。絆を断たれたせいで、可哀想な娘さんの生死すら知ることが出来ず心配なのはわかります。でも、殺されたというのは考えすぎでしょう。
ティアさん、ですか。馬を売ったお金を全額手にしていたからといって、そのために友人を亡き者にするような方でしょうか?」

金を山分けする前に連れ戻されただけだという、ティアの言葉を信じたい。だが、日ごろの言動を見ていると、つい最悪の光景を想像してしまう。あそこに隠れていると屋根の上から指差した場所に娘の姿は確認できなかった。人がいる気配は感じたが、それが別人の物では無いという確証がない。

記憶も声も名も、個人を特定する要素をほとんど知らないままだった。ティアの術式でわずかな心の繋がりを断たれた後は、顔を見る以外、生存を確認する手段が無い。だが、それは禁忌だった。目が合えば切ったはずの絆が結びなおされる恐れがある。

「なかなか信用しがたくてね」
「きっと無事に元気でいると思いますよ」
微笑み、そのまま目を閉じて再び眠りに落ちていく、しもべの意思を尊重して金を財布に戻した。別の何かを考えるしかない。

外に出ると、門口に置いてきたランタンを手にドルクが立っていた。ずいぶんと深刻な顔をしている。

「宿の酒場で飲んでいたとき、気になる話を耳にいたしました」


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