中庭から立ち上るバラの香りがそよ風となって蜜色の後れ毛をゆらせ、広がるドレスの裾が繊細な光の渦を生む。
即興の歌声にのってマントをひるがえし、回り込んでネリィを支える。
白いサテンに包まれた細い腰がしなやかに反り、ほほに伸びる手が新たな回転に誘う。
山の城館で繰り広げられる二人だけの夜会。踊り続けても息切れすることのない歌声に笑い声が混じり、やがてメロディはとぎれ、気ままなな輪舞は終わった。
「新種の白バラが咲いたよ、ここからも見えるはずだ」
「なんて名前?」
「まだ…二人で決めようと思って」
手を差し伸べ、明るい北のテラスに誘う…この先には行きたくない。
白い指から爪がはがれ落ち、みずみずしい唇がただれ崩れる様は見たくない。
幸せだった頃の夢の中で、無限のワルツを踊っていたい。
「やめてっ、殺さないで!」
涙と怒りで真っ赤になった娘の顔が割り込んできた。髪の色は似ているが、ネリィの穏やかな笑顔とはかけ離れた嘆きと憎しみ。濃く青い瞳が強く心を射抜く。
(なぜ、我らをお見捨てになった!くちづけを頂いてから43年。全てをかけて血と忠誠を捧げてきたのに。お応え下さらぬなら、この血の絆をもって御身を呪詛いたしますぞ!せめて娘だけでも、どうか)
全身の痛みとひり付くような憎悪、そして焦がれるような願いが不意に断ち切られた。
残ったのは不安ただよう虚無の暗がり。
支離滅裂な悪夢の彼方から、呼ぶ声がする…
「マイロード…アルフレッド・ウェゲナー…11番目の血の盟主…アレフ様」
穏やかで深い従者の声。
安易な逃げを許さない強い意思がこもった言魂。
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