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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「次はチェバか」
キニルからキングポートまでの地図と駅の名を刷った紙質の悪いパンフレットを、剣ダコの目立つ手でオットーがたどる。

酒には弱くても揺れには強いオットーがルーシャにはうらやましい。旅から旅の生活をはじめて10年は経つがいまだに馬車と船には慣れない。揺れる中で字など見たらアクビと目まいがたちまち起こり、ひどい時には吐いてしまう。

ハジムの黒く引き締まった身に備わった天性の平衡感覚もルーシャにとってはため息モノだ。今も背もたれから身を浮かし、鼻先で合わせた手を押し合い、座ったままでも可能な鍛錬を行っている。

そのハジムはいま追っている若者を『いびつなドシロウト』と評した。
臆病で場当たり的な戦い方。痛みを長引かせるだけの無意味な手加減は、虫も殺せないと震えてみせる女より偽善的。技や手際は拳術を習い初めた子供にも劣る。ただし持久力と苦痛への耐性だけは歴戦の聖騎士なみだと。

「恐怖と興奮で、疲れや痛みを感じなかっただけでしょうよ」
あらゆる戦傷をいやす術《すべ》に長けたアニーにかかれば、街道を脅かしていた賊を痛めつけ、売られそうになっていた娘達を救って立ち去った英雄もカタナシだ。少しばかり術が使えるのを鼻にかけた自信過剰のガキにすぎないと笑う。

だが、アニーは同時に、若者の別な面を想定し読み解いてみせた。

裕福な商人の家に生まれ甘やかされ、全てが思い通りだった幼年期を過ごし、我慢や敗北への対処を学ばずに育った子供。苦い現実に直面した時、傷ついた心を守るために妄想のヨロイをまとい、歪んでしまった。

そのヨロイの名は吸血鬼。夜を統べる永遠の支配者と己を同じものと妄想して、銀髪の若者は黒衣をまとった。術を習得しえた才能と、万人が見惚れる美質に恵まれていたのも、ある意味不幸だった。それが病んだ心を救いのない域にまで追い込もうとしている。

アニーが船員から聞きだしたヨタ話が事実なら、若者は船内で2人の人間に噛み付き、血をすすっている。しょせんは血液嗜好者によるマネゴト。操り人形と変える呪縛は起こらず、歳若い水夫の首筋に残る噛み痕は消えかけていた。

だが、噛まれた時の記憶は奪われていた。
手馴れたやり口。たぶん初めての所業では無い。故郷でも妄想と嗜好を満足させるために、身近な人間を襲っていたはず。それに気づいた親や周囲の者に家督相続権を奪われ…同郷の見習い聖女と腕に覚えがある従者の監視の下、ホーリーテンプルへの旅に出された。

入山すれば妄想は深まり、いずれ人死にが出るかもしれない。
いや、既に手遅れか。

あの夜、丘まで道案内させた賊の話が信用できるなら、黒い若者に連れ去られそのまま行方が分からなくなった者が1人いる。噛まれているのを見たとも言っていた。明日のない罪人ならかまわないと喉を裂かれ…川に沈められたのか埋められたか。

元々、ルーシャたちが習い覚えた法術や攻撃呪そして回復の呪は、不死者の力や秘術をマネて編み出され改良を加えたもの。応用次第でタダの人間を不死身の魔物に近づけることができる。耐性を高める障壁も、負った傷を即座にいやす回復呪も、精神に作用する様々な法術も、使い方次第では妄想を演出する力となる。

法服を着たまがい物の吸血鬼を誕生させるわけにはゆかない。何より今のテンプルには、まがい物を本物に変える邪法がある。たとえ妄想に取り付かれた病んだ人殺しでも、真の闇に堕ちてモル司祭の輝かしい経歴を飾る功績の一つにされるのでは哀れすぎる。

これ以上犠牲を出さないために、追いついてテンプル行きを阻止する。それが当人のためにもなるはずだ。
追いつけば、見つけることさえ出来れば、私が止めてみせる。

だが、シロウトだと甘く見れば思わぬ反撃を食らうかもしれない。手薄になったところを不意打ちされて、壊滅した賊の様に。

チェバの駅で貧弱な幹を夕日で赤く染めたナツメヤシを見上げて深呼吸していた時、いつもの様に目を引く見習い聖女と、黒衣の若者の足取りを聞きにいったハジムが駆け戻ってきた。

「連中、ここで下車して、宿に入った」
ルーシャは板ぶきの駅宿を見上げた。
キングポートで半日の遅れをとって以来、休みナシの5日間だった。追跡という名の根競べの労がやっと報われる。
「今、オットーが確かめに行ってる」
待ちきれずにルーシャは駅宿に駆け込んだ。

宿の女中と話し込んでいたオットーが振り返り、眉間にシワを寄せて首を振った。
「湯を使って一休みした後、心付けをたっぷり置いて出てったそうだ」
だとしたら、ルーシャたちが乗ってきた馬車隊の便に乗るはず。出立まで時間が無い。

4人で手分けして駅舎と全ての馬車を見て回った。
だが、それらしい旅人はどこにも見当たらなかった。

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