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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「ヴァンパイア、吸血鬼…つかみどころのない悪霊だとか、夢物語の妖魔ってわけじゃない。要は禁呪がかかった死体だろ。生前の記憶を持つ生けるシカバネ」
少し酔っているらしい。ハジムは拳術の組み手を街路樹相手に演じている。しなる黒い腕が描く力強い曲線。パーティーで巻き毛の婦人が披露した東大陸風のステップより、ハジムの伸びやかな蹴りは美しく見えた。

「それは本質ではないと思う。私は奴等を個と思っていない。心を共有する人の集合体が真の相だ。血の絆による意思の即時伝達。しもべや下位の不死人の忠節。全ては大勢の人の精神力を集めて、個人では行使不可能な大規模な術式を実現するためのシカケ。魔力強化を求めてたどり着いた答えの一つだと思う」

贅沢な食事を制限されている教長の代理として、丘の屋敷のひとつに招かれたルーシャたちだが、今夜は社交界の主役になれなかった。人垣の中心にいたのは今朝方の船で、闇の支配する地から脱してきた若夫婦。特に、不釣合いな真紅のチョーカーをつけた清楚な巻き毛の婦人が、視線と関心を独占していた。

その魅力にルーシャの自制心も敗北した。吹き出物を隠すためという、散文的な理由を聞いても、海水で布を絞って体を拭くだけという船上生活の不潔さが治りを悪くしたと婦人が笑っても、背徳の秘密を隠しているのではないかと、目は喉に巻かれた赤い色を追ってしまう。

というわけで、アニーが得意とする美容や健康に関する聖女としての知識も、真っ白なサーコートを羽織ったオットーが語る武勇伝もお呼びでなかった。だから、式典用の黒い法服に火ノシで折り目をつけながら練った話を、ルーシャは帰り道の…聞くものといえば同い歳の拳士しかいない教会に続く夜道で披露している。

それに、こんな堅い話、誰も聞きたがらない。列席者はヴァンパイアの本質だの真実に関心はない。紳士たちの話題は闇が支配する地との貿易でいくら儲けたという自慢ばかり。淑女たちが論じるのは、かの地に移転した工房が今年作り上げた工芸品やドレスが、数年後にキニルでも流行るか否かのみ。

キングポートの富豪達は、人外の太守が長らえる事を願っている。海の向こうの同胞が夜ごと餌食になることより、持ち船が運ぶ富のほうが大事なのだ。そんな身勝手な連中と一緒に酒は飲めない。そう耳打ちして消えたオットーやアニーと一緒に退席しなかったことを、ルーシャは少し後悔していた。

商店の紋や絵を染めた布張りのランタンが、まだ点々と消え残る罪の街。
温情による啓蒙をうったえるメンター副司教長派より、闇は全て討ち滅ぼすべきだと叫ぶモル司祭が、若い見習い連中から絶対な支持を受けているのも道理だ。わかりやすいし気持ちいい。
ため息交じりに首をふると夕方に切りそろえた黒髪が、額と耳を刺した。


「ああ、ルスラン司祭。いいところへ帰ってきた」
パーティーの首尾を報告する前に、釈然としない気分に拍車をかける教長に駆け寄られたルーシャは、甘い食後酒が胸まで上がってくるのを感じた。

「街道をゆく馬車隊をまた賊がおそって」
「では、今度こそ本腰を入れて討伐を」
教長が首を振ると、パンと水の食事を1ヶ月続けても減らないあご肉が揺れた。

「その件は最後尾の馬車に乗っていた見習い聖女が、その、法服を脱いで賊の油断を誘って、なにやら術を使って捕縛したらしいのだが…
問題は、彼女が副司教長様の直弟子で、昼に城跡の掃除をしに行くと。あの娘、いぜん賊どもに辛い目に遭わされたようで、無抵抗な相手にも凄まじい虐待を」

要は、1人で賊に仕返しに行った小娘を連れ戻せという事か。
「教長ご自慢の馬を、お借りしたいのですが」
少し黙ったあと、こくこくと頷きかたわらにいた代理教官に手配させている教長に一礼して宿房に戻った。黒い法服を衣装箱に投げ込み、灰色の法服に着替える。

「酒場でおもしろいウワサ聞いたのよぉ」
飲みなおしてきたらしいアニーとオットーは、使い物になりそうにない。
「吸血鬼に全滅させられた船の話ぃ。それが傑作なの。ウワサの出どこを確かめたら、砂浜に乗り上げたはずの船の水夫なのよぉ。あんた死んだんじゃないのって聞いたらさぁ」
寝台の上で大笑いしながら転げているアニーと、飲みすぎたのか最近広くなってきた額をおさえて呻くオットーは放っておいて、馬屋に向かった。

大柄な芦毛と黒鹿毛に、馬丁の手でクラとクツワがつけられた。
馬を信じて、星明りにうっすら浮かび上がる暗い街道をハジムと共に疾走する。

しばらくして闇の中にうごめくカタマリをみつけた。血の臭いと異様な声に馬が怯える。松明を灯してみると、アザとキズだらけの男達が縛られ、座り込んでいた。自業自得とはいえ、ひどい有様だ。

朝になったら商会の私兵を呼んで引き渡すとして、彼らをこんな目に遭わせた聖女見習いを追わねばならない。だが、城跡に向かう道は草に飲まれて星明りでは分からない。傷が浅そうな男の戒めを一度解き、後ろ手に縛りなおしてからハジムが駆る灰色の馬の背に乗せ、軽く回復呪をかけた。

道案内すれば処分を軽くするよう口ぞえしてやると、笑顔で説得するハジムを振り返った男の顔は、奇妙に歪んでいた。
「オレを守ってくれますよね。あの化け物から」
どんな目に遭ったのか知らないが、婚姻年齢に届いたばかりの娘に対して、化け物よばわりはひどいだろう。

「あの化け物、ウートを手下にして連れてっちまった。ゆび折られてんのに、足が2倍にふくれてんのに、ウートのヤツうれしそうに笑ってやがんだ。
あいつは城跡に住んでるオレ達が気に入らねえんだ。ねぐらを乗っ取って、生け捕りにしたオレ達の血をたっぷり吸って、力をつけたらキングポートを奪い返す気なんだ。頼むよ、オレを守ってくれよ」

しつこくハジムを振り返る男の頬には、目立つホクロがあった。
もうすぐ月の出だ。月が昇ったら地平に丘が見えるはず。かつてこのあたりを治めていたヴァンパイアが住んでいた城跡の丘が。

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