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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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星が残る空に向かって立ち並ぶ、樹皮がついた丸太。人の背の5倍はある。不死者の跳躍力でも超えがたいラウルスの防壁は、シルウィア港より堅固に見えた。

門を守る櫓《やぐら》も港より高い。弓を携《たずさ》えた男たちが見下ろしている。いく種かの木の実油を混ぜた臭い。火炎呪の触媒《しょくばい》か。鉄で補強された門の上には一抱えはある石が十ばかり下がっている。支えるナワを切れば門をふさぎ侵入者を押しつぶす不穏な仕掛け。

明るむ空に振り返れば、しらじらと浮かびあがる川と道。枝を伸べる木々をつらぬき、朝日が鋭く射しこむ。陽光を中和するためにルナリングが力を奪いはじめる。黒いフードを下ろしたい誘惑にかられながら、アレフは安堵の笑みを浮かべて見せた。

「悪かったな、疑って」
クサリを手繰る音。木の歯車のきしみ。門が内側へ、ゆっくりと上がってゆく。

「川が近いなら、堀を切るという手もありますよ」
「堀?」
「柵の外側にミゾをめぐらせ石と粘土で防水し、川を引き込んで流れで囲む。火による浄化は強力だが…森が喜ばないでしょう」
古い文献で読んだ水と泥による防御。バフルには海水を引き込んだ堀の遺構があった。

「旅人さんは物知りだね。おや、髪が白いから年寄りと孫娘かと思ってたが…息子と同い年くらいか」
あいまいにうなづきながら門の脇に置かれた樽《たる》を注視した。さかしまに生けられた枝。腐敗を防ぐ酢と塩の匂い。だが、汲み置き水の腐臭もキツい。

「こりゃあ、教会にいた司祭様が残してった聖水だ。あんたらが魔物の眷属かどうか…なに、形式的なもんだ。少し振りかけるだけ」
「その司祭様は?」
ハシゴを降りてきた男の顔が、沈痛そうにゆがむ。
「シリルに行ったまま戻らん。今は読み書きが得意なモンが交代で子供を教えてるよ」

(大丈夫、もう力は抜けてる)
馬車を降り、樽を覗き込んだティアが心話を送ってきた。見ると鼻をつまんでいる。
「これ、追い足ししてたでしょ。ヨーグルトやパン種じゃないんだから」
数滴の元聖水がふりかかる。肌を焼く痛みはないが、若枝の芳香では消しきれない悪臭には顔がゆがむ。

ティアが毛布を投げて寄越した。
「あんた、テンプルの聖女さんだったのか」
灰色の法服が注目を集めている間に、馬車を門の内側に進めた。
「新しい樽をキレイな水で一杯にして。聖水作るから」
(停滞の方陣ってこうだっけ?)
ティアが脳裏に浮かべたのは、物質の変化を緩やかにする力ある図形。1度見せただけだというのに、素晴らしい記憶力だ。

ドルクが門の内に荷馬車を進めた。荷をあらためた顔色の悪い男が、干し魚を2本ばかりくすねるのを笑って見逃している。
「目的地はシリルだったか。数日前に舟が下るのは見たが、まだ健在だったんだな」
「パーシーさんはなかなかの人物でいらっしゃると」
「パーシバル・ホープか。ガンコで無慈悲でヘコたれないオヤジだよ。あんたは…」
「スフィーで小商いをしております、ダーモッド・ブースと申します」
ドルクの偽名と仮の職業を書き付けた顔色の悪い男が、紙巻の炭筆を向けてくる。

「そっちは?」
「彼女はティア・ブラスフォード。治癒と浄化のワザに長けた聖女見習いさんです。私はアラン・ファレル。在野の魔法師」
「あたしの治癒呪を盗みたがってる、試験落ちした治療士よ」
置かれた樽に水が満たされてゆくのを待ちながら、ティア口を挟む。目は樽から離れず、火炎呪を応用して方陣を刻む指も止めない。

不審そうな男の視線を追って、あわてて言い添えた。
「光を失った服職人さんの左目を治した時、薬代として服を仕立ててもらったんですが…似合いませんかね?」
「あんた、腕のいい治療士さんかい」
男の心に、夜の眠りを邪魔する背中の痛みがよぎる。
「顔色が少し悪いようですが、診ましょうか?」
すがるような視線が向けられた時、警戒が完全に解けたの確信した。

脊髄《せきずい》を圧する変形した軟骨を治してやると、男は喜んで宿に案内してくれた。旅客が減りヒマをもてあまして慣れぬ自警員をしていたが、本業は宿の主人らしい。

木目が整った板張りの壁。太い柱が支える屋根をふくのは厚く重ねられた樹皮。木の香り漂う上等の客室が、臨時の診療所として提供された。昼間、暗い室内にこもっていても、疑われぬ口実さえ得られれば、何でもいい。

イボや不適切に繋がれた骨折程度なら、治癒呪で治せる。精神的なものなら、いつもの様に心を読み記憶をいじり、認識を組み替えれば改善できる。感染症なら…病への抵抗力をつけるためと言いくるめて瀉血《しゃけつ》も行える。静脈から皿に流れ出た血の行方は誰も気にしない。

だが…
「母の形見の、金の指輪がどうしても見つからなくて」
体調の相談ならまだしも、失せ物探しまで頼まれるのはなぜだ?どうも治療士という職は占い師やマジナイ師に限りなく近いものらしい。

「いつごろ、無いのに気付きましたか」
水仕事に荒れた手に触れ、質問が引き起こすさざなみに導かれるまま、心の深層に折り重なる記憶の断片を探る。

「ひと月前…」
怪しいのは衣装箱と黒ネコ。念のため部屋の周囲を警戒させている、透明なコウモリを女の家に差し向け、家具の下でホコリに埋もれている指輪を確認した。
「いちど衣装箱を持ち上げてごらんなさい。それと、あなたのエプロンに黒い毛をつけた子を叱らないでください」

婦人が出て行った扉にもたれて、ティアがニヤついていた。
「調子良さそうね。何かというと手を握りたがるイロ男の治療士サン」
ささいな悩みを抱えた女の相談者が多い理由は、ソレか。

苦笑を浮かべて、新たな相談者の気配をさぐる。下の階に静けさと奇妙なざわめき。上がってくるのは若い…いや、幼い心。見えてきたのは十《とお》になるやならずの細くこわばった娘。

土色にカサついた肌。黄色い唇。ドングリ色の眼。そして深緑の髪。自分より小柄な娘を、ティアが無遠慮に見つめる。
「…ドライアド」
「いや、この子には実体がある」
しかし人ならざるこの子には、幻術も魅了もおそらく効かない。

「姉さん達が言ってた。あなたが客人《まろうど》?」
傾けられた顔は幼く、無表情だった。
宿の主が上がってくる気配。今は真昼。ここで不用意なことを口走られたら…。

「母さんの体から作ったトネリコの弓をあげるって、姉さん達が言ってた。矢を作るための歪みの無い箆《の》とフクロウの羽もあげる。でも、銀の矢尻は人の手でないと鍛えられない」

宙を見つめつぶやき続ける娘を、宿の主が怒鳴りつけた。愛想笑いを浮かべ、娘の肩をつかみ、階下へ押し戻してゆく。
「すみません。妙なこと口走ったかも知れんが気にせんでください。ワタシのひいひいジイさんとトネリコの樹の間にデキた娘だって、ヘンな言いがかりつけて先月から住み着いちまった森の子です」

「森の、子?」
「たまぁに、森からやって来て村に住み着いて、いつの間にかいなくなる、可哀想な緑髪の子供です。夢みたいな世迷いごとばかり口走って、マトモに話も通じやしない」

あの娘の言葉を誰も信じないなら、安心か。
だが、銀の矢尻とは…ガラスを掻く音のように、耳に不快な響きだった。

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