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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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キングポートを立ち、街道を北上して5日目。
停車場に伸びる巨鳥の羽根を思わせる影に導かれて、ドルクは明けて間もない空を見上げた。

「こうして見ると、ぞんがい気持ちのいいものですな」
常夏の地に育つ大樹を目にするのは何十年ぶりだろうか。もっとも、ヤシの故郷はもっと北。滝の雨と容赦のない太陽が降り注ぐ灼熱の地。おそらく、かの地にあこがれる者が植樹したのだろう。

周りの木々が柔らかな葉を厚く着込み、おのが領分に届いた光をあさましくむさぼるのに比べ、梢にのみ巨大な葉を広げる樹体は、清々しく孤高に見えた。

「実は無いんだ」
若い娘らしく食い意地の張ったティアの感想に苦笑する。
「この樹は、つがいで植えないと実をつけないのですよ」

興味を失ったらしくティアは灰色の法服をひるがえして、駅に付随した酒場をかねた宿屋へ向かう乗客や御者の流れに戻った。
馬の交換と簡単な車両点検を済ませる短い時間に、あわただしく用を済ませ駅馬車の揺れに踏ん張っていた尻やヒザをもみほぐす様は、若い娘とは思えないほど旅慣れている。

一方、アレフ様は樹を見上げたものの陽光に顔をしかめて黒いフードを深くかぶり、うつむいて物思いに沈んでゆかれる。下ろしたての硬いシャツの様に、いまだ旅に馴染まない。人の群れに溶け込もうと努めていらっしゃるのだろうが、気がつけば手帳になにやら書きつつ、独りたたずんでおられる。

アレフ様は思索と探求に喜びを見出す方。
わずらわしい治政も、全てを終わらせてしまう暗殺者も、アレフ様の幸福を邪魔するものでしかないと思っていた。
だが、在るべき土地から移され、乏しい光と寒さの中でゆれる樹を見上げているうち…主を連れ出してしまって本当に良かったのかと、おそれにも似た不安を覚えた。

旅を嫌っておられるわけではない。少なくとも車窓を過ぎる風景や町並み、入れ替わる同席者に関心はおありだ。
だが、立法や外交にも関心をお持ちになれたかもしれない。少なくとも工房の誘致や教会への支援には積極的でいらした。

お父上と共に政務に携わる者たちの大半を奪ったモルの非道。危機であり悲劇だが、数百年のあいだ望みながらも諦めていたアレフ様の理想を実現する好機だったのかも知れない。

美しいが実情に合わない治世が破綻する前に、テンプルの討伐隊が全てを終わらせ、伝説と高い理念だけが後の世に残る。そんな劇的な最期を迎えられた方が、主にとっても領民の今後にとっても、幸せだったのではないだろうか。

ドルクは首をふって選ばなかった未来を頭から追い出した。すでに海を渡ってしまった。戻る事など出来はしない。全てを捨てて逃げ続け、生き続ける道を選んだ。

しかし…旅はいつまでも続くものではない。
いずれ終わりが来る。

ティアの持つ紹介状と背後にある教会の権威が、ここまでの旅を円滑にしている。
だが、この先に待っているのは勝てるかどうか分からない戦い。ティアの望みはモル司祭とアレフ様の共倒れではないかと疑っていた。だから中央大陸へ渡ったあと用済みになったティアを置き去りにするか、始末するつもりでいた。

今は、排除する事など考えられない。
指輪の力で陽光から白い肌を守り、影を引き、鏡に姿がうつる幻術をまとわれても、蠱惑的《こわくてき》な黒衣と銀の髪がアレフ様のまわりに不安を広げる。それを安堵と苦笑に変えているのがティアの法服。そして彼女の中央大陸に関する知識と経験は、旅の良きしるべとなっている。

「まるでオリの中だ」
主の声に、とりとめのない考えがとぎれる。
「駅には貴重な荷や金が集まります。襲撃を警戒しているのでございましょう」
「街道をゆく余所者を隔離する柵かと…町を疫病から守るための」
高い柵の隙間から見える城壁に向けられる紅い笑み。そろそろではないかと予想はしていた。

速さが取り得の駅馬車の旅。短い休憩は、乗客が軽い運動をしてパンを茶で流し込んでいる内に終わる。渇きをいやす相手を見つけることはおろか、町を散策する時間もない。

「売り切れちゃうよお」
駅舎の前で薄いパンを振っているティアを手招きする。
「湯で髪を洗いたくはございませんか?」
「…臭う?」
陽に透くと金に見える髪をひとふさ鼻にもっていって「まだ、そんなに」などと呟くのを聞いて、今度は食い気に訴えてみる。

「タマゴや果物もある朝食はいかがですか?」
「でもさぁ、キングポートで丸一日ムダにしたし」
自覚のないしもべを一晩かかって説得した苦労と、注ぎ込んだ大金をムダと片付けられてはたまらないが、くわしい説明も出来ない。

「無理に追いついたところで、準備不足では戦うことなど出来ません」
この一言で、やっと半日の休憩を納得させる事が出来た。

先払いした運賃の残額証明を御者に書かせた後、チェバの町に足を踏み入れた。


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