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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「なんなんだ、コレは」
右手を押さえて得体の知れないガスの塊から跳び退りながらアレフは叫んだ。人の顔とも手とも見える突起をそなえた動く煙。ふわふわと近づいてきた“それ”をないだ右手が、焼けつくように痛む。煙は苦悶するかのように揺らめき空気へと溶けていった。

無気味でとても生物とは思えないモノ。まっとうではない…少なくともこの場に相容れない気体。しかも何らか意志があるらしく、敵意をもって迫ってくる。

傷ついた手に治癒の呪をかけながら、石組の固い壁に背中をつく。注意は受けていたが、安全なはずの自分の城に、危険な何かが徘徊しているという現実を目の当たりにすると、冷たい流れに足を踏み入れたような気分になる。歩き慣れていたはずの地下通路が、似て非なる異空間に思えてくる。

手の痛みが消え、ふと気配を感じたほうに目をやってぎょっとする。石を敷いた床の上を、濁った水が盛り上がり這い進んでくる。目玉のようなものをそなえたそれも、生き物らしい。しかも1匹ではない。左右から床を埋めるように寄ってくる。
跳び越そうとしてまたあの煙どもも近づいてきたのが見えた。
囲まれていた。

にごり水のような固まりが急に跳ねて飛んできた。とっさに殴ったが衝撃は弾力に富んだ体に吸収され大した痛みもなかったらしく、ベチョっとおちたその生き物はまた這い寄ってこようとしている。

数が多すぎる。
本気で危険を感じ始めていた。何とかしようにもどうしたらいいのか分からない。
野性の生き物なら炎を恐れるのではないか?ふと思いついて火炎を呼び出す呪を唱えた。安定した照明用の火球を生き物すれすれに飛ばしてみた。一度は驚くものの火球が過ぎると、またじりじりと近づいてくる。

一斉に跳びかかってきた。
それらを避け、払い、もぎ離す。体のあちこちに打身の痛みや腐蝕性らしきガスや液体の痛みが走る。頭だけは何とか守りながら、絶体絶命の事態であることをやっと悟った。

なんとか助かるすべはないか必死に考える。ふいに火の玉が敵を焼き尽くす光景が浮かんだ。アレフ自身の記憶ではない。さっき血を吸ったとき、犠牲者の意識をいじるのに心を読み取った…その中にあったものだ。とっさにさっき使った火球の呪を再び放つ。ただし今度は押し包もうとしている生き物を掠めるのではなく直接ぶつけた。

声なき悲鳴が上がった。生きながら焼かれ悶え絶命していく生き物たちの心の声。危機を脱して座り込んだ回りで、生き物たちがのたうちまわり動かなくなっていった。

一瞬助かった喜びに放心したあと、不意にぞっとした。世界の探究と思索に使われるべき知識と技を、殺りくの為に悪用してしまった。それは、殺傷だけを術の開発の目的とする、侮蔑すべき“テンプルの連中”と同類になったことを意味しはしないか?
しかし思考はそこまでだった。

まだあのぶよぶよとした生き物は残っていた。
そして仲間の屍の上を這ってまた襲い掛かろうとしていた。

それらをにらみつける。本来、贄をおとなしくさせ食事をしやすくする為の力を使ってみる。こんな生き物たちの心など知りたいとは思わないが、魅了出来ればこの危機から脱出できる。出来ることは何でも試してみるしかない。

彼らの心にあったのは、単純な飢えと戻りたいという帰巣本能、そして強烈な不安。ここは彼らが本来いた世界とあまりに違う。空気さえ違う。苦しくて不安で凶暴になり襲い掛かってきている。
彼らにとってはこちらの方が得体の知れない恐ろしい怪物だった。別の怪物に逆らえば殺すと脅され、不安と恐怖で襲い掛かってくる。それらを取り除き本来彼らがいた場所の幻覚と強烈な快楽を与えてみた。

幻覚にとらわれ、動きを止めた彼らを踏み越えて何とか角まで逃げた。
傷ついた体に治癒呪をかけ、痛みが収まると腹が立ってきた。
なんでこんな風に、生き物を勝手に呼び出して、その後を顧みないでいられるのか。
命を道具扱いしているあいつらに対して無性に腹が立った。

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