「カリーナ!」
青年が手を伸ばす先には、必死の叫びにもピクリとも反応しない娘が主の腕に抱かれている。
もう術に落ちている。
気の毒だが手遅れだ。
ドルクは床に倒れた男の背に飛びかかって肩を押さえ込んだ。
手をねじり上げ、ナタを奪う。
「カリーナっ」
男がなおも叫ぶ。
食事を邪魔されひどく不機嫌そうな主に一礼する。
「申し訳ありません。すぐに連れ出します」
「まて」
男を引っ立てようとしていたドルクは、思いがけない言葉に、主人の顔を見た。
嘲るような冷酷な笑みが浮いている。
まさかこの男の目の前で娘の血を吸うつもりなのだろうか。
愛する者が生きながら食われる様を見せ付けて、憎悪や悲痛をあおったり、無力感と絶望にあがく者を眺めて食の快楽を得るような方ではなかったはずだが。
「この娘を好いているわけか」
「返してくれ! カリーナを……!」
「たしかに、突然すぎる別れでは、諦めきれないだろうね」
不意に娘の体を離した主が、娘の顔の間近で手を閃かせた。
焦点の合っていなかったカリーナの目に意志の光が戻った。取り押さえられている愛しい男の方を見る。
「ラウル……」
夢から覚めたようにふらふらと恋人に近づいてきて、ひざまづいた。
あらためて近くで見ると、カリーナという娘の肌は絹の様になめらかだった。
「来月……次に立ち寄った時に、まだ決意が変わってなかったなら血を貰おう。
ドルク、離してやれ」
肩から手を離したとたん、男は弾かれたように娘を抱き締め、威嚇するようにドルクをにらんで、出ていった。
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