「手間取ったな……」
潤んだ目でじっと見上げている娘。
そのなめらかなほほに手を沿わせながらアレフは呟いた。
普通なら一瞬で落ちるはずの催眠状態にするまでずい分かかった。
あやしかけ笑みかけて顔を向けさせるのに時と言葉を費やし、瞳を捕らえた後も、怯えとためらいを取り除き、安らぎと幸福感に落とし込むまでに、かなりの抵抗があった。
理由は分かっている。娘が幼い頃から焦がれ続けていた一人の男のせいだ。恋仲だったらしいが、求めに応じたなら、全て諦めてもらわねばならない。年季明けの結婚の約束も、隣村に開く鍛冶屋の女房となる未来も。
不死者に求められた以上、人は全てを捧げるのがさだめ。
偉大なるファラ・エル・エターナル……世界が闇の女王の元で永久の安らぎを得てから九千年以上になるだろうか。
殺し合い奪い合い、醜い歴史の果てに星そのものを殺そうとした大罪を、人は血であがなう義務がある。そう教えられているはずだ。
生かされているのはこの為なのだと。
もう娘の心は完全にアレフの意のままになる。悦びを呼び覚まし意志を蕩かしながら、優しく抱き寄せる。滑らかな首筋に視線を向け、薄い皮膚を通して脈打つ血流のありかを確かめる。
ふと、もつれあう足音に気づいて顔を上げた。
目を細めたとき胡桃材の扉が勢い良く開き、体当たりしたらしい若い男が大理石の床に倒れ込んだ。
「カリーナ!」
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