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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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 悲願だった。
 眼下の光景に目を奪われながらロバート・ウェゲナーはじっくりと勝利を噛み締めていた。

 磨き上げられた黒と薄紅のモザイクタイルの床の上で繰り広げられる、白き花の舞い。ふわりと舞い規則的に方向を変え出入りする花々は軽やかな長衣をだけを身につけた麗しい人々。時に向こうで塊りこちらで線を成し、広がり重なり入れ代わり、見飽きることのない動く模様を作り上げていた。

 選び抜かれた生け贄たちが作り出す目も綾な明晩の趣向。彼らはすべて息子の為に集められそして捧げられる。目まいの様な誇らしさが込み上げる。

 四代前、彼の曽祖父の代からウェゲナー家の挑戦は始まった。

 ウェゲナー家はヤシュワー家の家臣筋に当たりその領地経営を担ってきた。長年の正当な、あるいは少し後ろぐらい蓄財で主家以上の資産を貯えていた。

 しかし人ならざる者が支配者の条件であり、その交替がまずありえない政治体勢である以上どれほどの財も権勢も奴隷が一時主の財と権威を借りているにすぎず、家臣である立場は変わらない。

 普通ならそれで満足し短い命をおもしろおかしく過ごそうと見切りをつけるのだがウェゲナー家は違った。
 支配者の列に並ぼうと画策を始めた。

 曽祖父は学問に秀でた野心的な学者に育った。ヤシュワー家の主に仕えドライリバー城の研究室に出入りしその研究に多大な発展をもたらした。

 その尽力の報酬にファラ・エル・エターナルへの推奨を願ったが、ヤシュワーの返答は自らの子としての不死なら与えられるが闇の女王の関心を引くことは不可能だ、とのことだった。

 理由は曽祖父の容貌のせいだった。背が低く顔は横広がりでまとまりがない。艶のない褐色の髪は量が少なく足はガニマタだった。
 ファラ様は知と美の奇跡のような同居をこそ愛される。いかに有能な賢者でも醜ければ評価に値しないし、ともに永遠の時を渡る仲間として認めないのだと。

 曽祖父は悔しさのあまり高熱を出して寝込んだとも言われる。外見で人が評価される世の不公平さを散々呪った後、曽祖父は決意する。今更親から貰った肉体を取り替える事は出来ない。なら美しく聡明な子を自分がもうけてやろう。

 曽祖父は聡明で美しい女性を求めた。
 富貴な家の常としてすでに有力者の家の娘を妻としていたが、平凡な容姿の彼女との間に生まれた2人の子はやはり平凡だった。

 曽祖父は美しく頭のいい愛人をかこい研究生活をなおざりにしてまで打ち込んだ。実際あまりに聡明なその愛人は曽祖父を虜にし、子供をもうけた後は巧みに本妻を陥れ、ついに妻の座を手に入れた程だった。

 元愛人が生んだ子は父の知性に母の知性を上乗せし母譲りの美貌にも恵まれた娘だった。曽祖父は母と娘に自らの学問を全て授け、そして自ら決めた美貌と知性に溢れた若者を娘の夫として当てがった。

 花婿は曽祖父とともに研究室の助手をしていた男だった。美貌のせいか結婚後も多くの浮き名を流していた祖父は、祖母を悲しませ、結果……妻を我が子の成長と教育とにのみ心を砕く女にした。

 2人の子の内、より頭脳と美質に恵まれた娘を曽祖父は跡継ぎに決めた後、世を去った。

 母は昼の女神と褒めそやされた美貌と知性の持ち主だった。
 代々の悲願にこだわる点以外は非の打ち所のない女性だった。今も亡き母のすばらしい笑みがロバートの脳裏に浮かぶ。

 母も愛情より外見の美と知にこだわった。
 目的にかなう男を財力と権力にあかせて強引に夫とした事で、プライドの高い父をしてヘソを曲げさせた。父は酒に溺れ早死にしたが息子は残した。
 その後、母は幾人もの愛人を得たが子は生まれなかった。そしてロバートは幼い頃から母の薫陶を受けて育った。母の言うまま結婚もした。

 だが、月の妖精のような繊細な美貌に知性を秘めた妻と母は、あまりソリが合わなかった。そしてロバートとの間に子が出来ると母は孫が嫁の胎内にいるうちから強引に教育を始めた。その子こそがファラの心を捕え悲願を果たすべき者となるように。

 ロバートも学問に打ち込みそれなりの成果をあげていた。親からもらった容姿も不足ないものだったが、ファラの好みからすれば少し逞しすぎると母は判断していた。そして実務に長けている点も学問優先で理想主義的なファラの意に染まないだろうと。

 息子が生まれた喜びの中で、セントアイランド城から研究成果の講義の依頼が舞い込んだ。東の果てに住むという美貌と才知の若者に興味引かれ、直接見てみたいという意向の親書を読みながらまゆねを寄せた母の顔を思い出す。


 ファラ・エル・エターナルに始めて会ったときの衝撃は忘れられない。美しく知性に溢れた女性という意味では母も同じだが魅力が違う。迫力も違う。人ならざる存在故の魔力を差し引いても別の世界の、違う次元の存在だった。

 母のように張り詰めたところがなく、あくまで典雅で優雅。目を見なくてもその香りだけでロバートは魅了された。数千年の年月が磨き上げた知性には無限の広がりを感じた。

 ひととおり講義らしいものをなんとか話ながらもロバートは自らの限界を悟っていた。今まで自信をもっていた力場の永久保存とその可能性の追求という分野における自らの学識もファラの前では大海に投じたグラス一杯の水でしかない。惨めな気分で質問を求めたとき、信じられない言葉を聞いた。

「すばらしい着想です。本当にそんな事が可能だとは私は想像もしてませんでした。しかし惜しむらくは今だその研究が未完成という事ですね」
「はい。私の代では無理でしょう。後は息子に託す所存でおります」
「ご自分で完成させたいとは思いませんか?
私はあなたに永遠の時間を贈りたい。ともに無限なる学問の深遠を探る同志として」
「過分な……お、贈りものでございます。でも、許されるなら……受け取ることを許されるなら私は」
「依存はありませんね」
「はいっ」

 まるで少年のように答えてから必死に冷静になろうと勤めた。退出しファラの笑みから開放されると狂喜のあまり廊下を走った事を覚えている。そう今立っているこの廊下だ。

 準備の為に故郷へ戻り次第を話しても母は最初信じなかった。だが、本当だと分かるとその顔に安堵の表情が浮かんだ。子供のように泣く母をロバートは始めて見た。

 妻は息子を抱いてぎこちなく微笑んだ。そして一言聞いた。
「私のアレフはどうなりますの?」
 意味が分からず問い返そうとする前に妻は身をひるがえして自室に引きこもった。

 妻が自分をファラに奪われたように感じていた事にその時は気づかなかった。母の涙がロバートの心を熱くし、領地の分割下賜を儀式の前にヤシュワー家に認めさせる交渉に忙しかった。それに、ファラの意思には逆らえない

 元もと東大陸を持て余し気味だったヤシュワー家は、豊かなドライリバー地方の穀倉地帯とキングポートの貿易が生み出す利潤を示すと納得した。

 大きな河川がなく丘陵地帯も多く、荒れた土地がほとんどを占める世界で一番小さな大陸など、お荷物だったのだろう。
 かつては流刑地で、ファラに反抗の意志ありと見なされた者の親族が住民の祖先であるという歴史のせいもあったろうか。

 出発の前、深夜に妻が素裸で忍び込んできたのには驚いた。初めて見る情熱的で積極的な妻の振るまい。終わった後何か言い出しそうになりながらも苦しげに俯いて去った顔は今でも頭にこびりついている。


 一昼夜にわたる術式は眠っている間に終わった。
 死人となった気はしなかった。肉体と感覚に対する違和感には数日間慣れなかったが、最も危惧していた“食事”は思ったより簡単だった。自らの意外な冷酷さと他人の命に対する無関心さに驚きながらも、楽しめたし美味しく感じた。
 美食や美酒を懐かしむ事もなかった。肉体が欲しないものを感覚は旨いと感じさせないし、ほしい気持ちも生じない。

 そして宴と儀典。
 闇の主たる者の象徴ともいえる“船”は完成しておらず、ヤシュワー家の船に乗っての凱旋した。その数日後、使命を果たしたかのように病を得た母は、半年もしないうちにこの世を去った。もう疲れたと言い残して。息子の魔力によって生き長らえる事も拒否した。

 それからの数年は新しい支配制度の構築についやした。
 町や村の統治者として血の呪縛を施したしもべたちを送り込み、収税と、そして“糧”の調達に当たらせた。

 今まで人を捕食する支配者を対岸のものと考えていた人々に、親族や友人を奪われる事への諦観を植え付け、決して不利な取引ではないと示す宣伝に心を砕き、時に反抗するものを厳しく断罪する。
 生きるために必要なそれらが一番やっかいだった。

 妻と久しく顔を会わせていないと気づいたのは、ほぼ領内を治められた後だった。

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