ネリィの名を口にするだけで、「アレフ」と呼ばれるだけで、互いに笑顔がこぼれる。何もかもが初めてみるように鮮やかだった。ともに居たいという闇雲な想い。幸福な時間は長く続かないと知っていたからこそ夢中になった。
「同じものになりたい」
ネリィの言葉は驚きだった。喜びと同時に理由の無い不安を感じた。今なら止めるべきだったと言える。しかし、明日のことなど分かりはしない。その時は、ただ永遠に一緒にいられるという無邪気で幸福な未来しか想定できなかった。
しかし、完全に心を通じあわせてしまえるアレフの配下として不死を与えるのは、ためらいがあった。同じではないからこそ愛しいのだから。それに万が一の時、愛する者まで道連れにはしたくなかった。
別の不死者の配下として、ネリィの不死を求めた。
真始祖ファラに頼んで望みをかなえてもらった。
それは2人にとっての結婚式だった。
祝福の死を与えられ、そこから目覚めた彼女をかき抱いたとき、幸福の絶頂に酔っていた。月明りの中、何時間も抱きあい唇をかさね、たあいない会話に時をついやす。
夢のような1ヶ月が過ぎた。
月明りの見事な夜、咲き初めたバラを見せようと、窓際に導いていた時だった。
不意に彼女が表情をこわばらせ自分自身を抱き締めた。
「か…体が…」
異状に気がつき、動転して彼女の体を抱き締めた。
「たすけて…アレフ!」
そして絶叫、あれはどちらの上げたものだろうか。
腕の中で彼女の体は溶け崩れ骨すら脆く壊れ、そして一塊の塵になりはてた。泣きながら蘇生呪を叫び腕を切り裂いて血をふり注いでも彼女は再生しなかった。
ファラの滅びを知ったのは、正気を失いかけた数日後だった。
自身を責め、死の眠りへ逃げても、夢は何度も繰り返した。
同じ夢、今見ているのと同じ甘くて痛い夢。
「アレフ様、もう日は傾きました。そろそろまいりましょう」
ドルクの声が現在に意識を引き戻した。
目を開き、手探りで蓋をあけ、身を起こす。薄明りの地下室。人にとっては真の暗闇に見える場所。
どこへ行くのかという疑問の答えは、すぐに思い出した。
「生きてきた甲斐がありました」
西日の中、喜びに満ちた顔で見送る下僕の館を後にした。
彼女の…ネリィが人であった頃住んでいた家は、もう建て直されていた。
懐かしい、初めて触れあったあの木が残っているのどうかも分からない。
村を出るときもう一度振り返った。
あいかわらず鍵をかけた扉の向こうから伺っている人々。しかし最初より慣れたのか、緊張の度合いは少し薄まっている。
その気になれば、彼らが恐れているような怪物として振舞う事もできる。
板を引き裂き、怯えている人々を引きずり出して、その喉を食い裂く事も…あるいはもう少し穏やかに、心に干渉して誘い出し偽りの恋を植え付けて、この腕に飛び込ませる事も。
微かに笑って考えを追い払う。
悪意を悪意で返す必要はない。慈悲を返して悪意を溶かすべきだろう。時には奇跡のように通じあう事もあるのだから。元は同じ存在だったのだ。
背を向けたとたん緊張の解けるため息が無数に聞こえた。道を急ぎながら、かつてほど傷が痛まない事に少し寂しさを覚えていた。
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