この40年間、天候は制御を失い、時々日照りをもたらしたが、ひどくなる前にバフルを治める城主がなんとかしてくれたらしい。山の城主はすでに滅びたと言う者もあったが、代理人の様子を見るかぎり、まだ血の呪縛は解かれておらず、健在が伺い知れた。
それに従者のドルクだけは時々村を訪れ、代理人の屋敷に集められた税を城に持ち帰り、城で働く半ば人、半ば魔の者のための食料や日用品を今も買っていく。
老人は腰を伸ばした。
あのテンプルからきた3人は姉の仇を討ってくれたのだろうか。老人の目は山へと続く道をたどった。凱旋する人影が見えはしないかと探す。目のはしに何かを捕えた。道にそって動く何か。まだ朝と昼の中間の透明さを失わない光の中を歩んでくる人影。
目を凝らす。数は二つだ。そして…
「ひっ」
思わず声が出た。二つの人影は銀の鎧をつけていないし、灰色の法衣も、白いローブも着ていなかった。黒い衣装の…武装した男と悠然とマントを風に揺らせている若者の姿をしたもの。はっきりと見えたわけではないが老人は確信した。そしてカマもスキも打ち捨てて、まろびかけながら村への道を駆けた。
あのテンプルから来た3人がどうなったのか、考えるのも恐ろしかった。なぜあんな事に加担したのか自分が呪わしくなる。村は謀反の意志ありとして滅ぼされるのではないか。老人の脳裏に無邪気に笑う孫の顔が浮かんだ。
「アレフ様が…」
村に入るなり老人は叫んだ。若いものはきょとんとしたが、年かさの者の反応は早かった。
「山の城主がこっちへ来る」
「あの化け物が」
「あの、テンプルの司祭様は? 聖女様は?」
「隠れろ!殺されるぞ」
やがて恐慌は若者にも伝染し人々は家へ駆け込んだ。扉のカギをしめ、よろい戸を落とす。それが気休めであったとしても。
40年待ち続けた代理人は喜んでいるだろうと老人は思った。
胸が苦しい。村まで走り続けだったのだ。
孫たちにも誰かが知らせてくれただろうか。
「じいさん、急げ」
誰かが老人に肩を貸して、どこかの家につれて入ってくれた。老人が日陰にはいると背後でカギを閉める音がした。目をあけるとそこは酒場で、店主が冷たい水をくれた。
カウンターでは2人の行商人を含む客たちが、声高に喋っている。
「あっ」
窓をみていた若い酌婦が短く声を上げた。
数人が窓にとりつき無人の道を歩む2つの人影を目で追う。
「ほんとに、来やがった」
「でも、奇麗な方」
「バカヤロウ、生血を吸われたいのか」
押し殺したささやきは、やがて沈黙に変わった。
手が白くなるほど握り締めていたカップをそっと床に置いた。その小さな物音でも注目を浴びてしまう。そんな張り詰めた店内で、老人は床に座り込んだまま動悸が収まるのをひたすら待っていた。
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