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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「まさか…」
テオはそれ以上、言えなかった。剣帯に汗がにじむ。暑い日差しが剣の重みでかしいだ肩を焼く。午後の陽は目の前の麦わら色の頭もこがしていた。

モルの深刻そうな口元。法服に影を落とす尖ったあごを見つめていた。ソバカスがのこる細い鼻とまばたかない大きな目。英雄なんて称号がにあわない、少し年上の司祭。

リンゴ酒のビンをかかげ、木影に手招きする灰色の姿を見た時から、冗談だと思っていた。吸血鬼退治の話が聞きたいだなんて。オレの活躍をねたんだ誰かが、からかうために寄越したウソつきに違いないと。

「彼もヴァンパイアなのです」

暗くて焦げ臭い城の空気と、生々しい痛みがよみがえる。聖女見習いが太陽に見えた。清浄な破邪の光にスタッフと髪を輝かせたティア。ドライアドから救い出してくれた時の、愛らしい笑顔。

巧みな年配の弓の使い手はありがたくても、細い魔法士とティアを最初は足手まといだと思っていた。けど、村を、この大陸を、吸血鬼の脅威から救ってくれたのはティアだ。大胆な体さばきと破邪呪の威力。
心をもっていかれた。

「聞いていますか。その、アレフという男は」
あいつはオレにパンをくれた。崩れた階段で足を踏み外した時、自分の身もかえりみずに手を差し伸べてくれた。それだけじゃない。何度もかばってくれた。ケガした時は治癒呪で治してくれた。

気絶から覚めた時、捨て身でヒゲのヴァンパイアと殴り合ってた。あれはティアを思う愛が起こした奇跡だ。だからこそティアを託してもいいと、アレフなら納得だと諦めたのに。

「ヴァンパイアなのです」

ティアは叫んでいた「アレフ、離れて!」と。あれは思い違いだ、夢でも見たんだと思っていた。人が天井すれすれまで跳べるハズがない。鳥よりも軽がると。ホーリーシンボルに巻き込まれないための跳躍。

人離れした死人の素早い動きに対抗していた。人体をあっさりと引き裂く力に、マントと上品な服だけで耐えていた。鎧を着たオレを片手1本で引き上げた。そして1人だけ何も食べず飲まなかった。シリルで済ませてきたって“食事”は…
「まさか」
もう一度つぶやいた。でも、今度は納得していた。

「じゃあ、ティアは」
「このままではアレフに血をすすり尽くされて死にます。そして吸血鬼にされてしまう。テオ、力を貸してください」
モルに手を握られた。
「アレフを倒さないかぎりティアは…我らが聖女を守ってくれた騎士よ、どうか力を!」

村を救ってくれたティアを今度はオレが救う。
テオはうなづいた。

与えられた時間は日没まで。急いで荷物をまとめ、要らない物は暖炉の横にゴミとして積んだ。兄夫婦に旅に出ると告げた時、義理の姉は少しうれしそうに見えた。

「これ裏のコリン坊やが欲しがっていたナイフ…泳げるようになったらオレの代わりに渡してやってくれ。約束なんだ」
「2度と帰らないみたいな言い草だな」
ナイフを預かってくれた兄が眉をひそめる。

「ガキの成長は早いから。約束は破りたくないだけさ」
「いつ帰る?」
「用事が終わったらすぐに」
「ホーリーテンプルの?」
「実際にヴァンパイアと戦った時の事を、新米のテンプルナイトや司祭のタマゴに話して聞かせるんだ。臨時雇いの先生。イカしてるだろ」
「ああ、お前は英雄だ。立派な弟をもって兄さんは幸せだよ」

本当の行く先はホーリーテンプルじゃない。でも、ウソをつかなきゃ、兄さんと母さんを心配させちまう。

「気をつけてな」
「元気で。姉さんも」
扉を閉めた後、ほっと息をついた。慌てて肩に引っ掛けてきた剣帯を直す。大振りな剣はきちんと背負わないと重くてしょうがない。

モル司祭が待つ、森の幸亭へ行きかけて、立ち止まった。口止めはされた。でもパーシーさんなら話しても大丈夫だ。

村長の館の前庭を、早足で突っ切る。足元からニワトリの群れが、半ば飛びながら散った。
扉を軽くノックして、応えを聞く前に入る。

「あら、いらっしゃい」
包丁と野菜を入れたカゴをかかえたアニーおばさんが、横をすりぬける。これから井戸バタで夕食の下ごしらえか。パーシーさんは村の集会場にもなる食堂で書き物をしていた。

「その格好…旅支度かい?」
紙を裏返していた手が止まる。
「力を貸してほしいと誘われました。モル司祭について行くことにしました」
「やはり、森の幸亭へ来た司祭様ご一行は」目を閉じたパーシーさんがうなづく「それで力を貸すとは?」

「ティアを助けにいきます」
立ち上がりかけていたパーシーさんが止まった。木彫りの人形のようだと思った。

決心がにぶる。
きっとパーシーさんは笑うだろう。

お前はふられたんじゃないのか?ティアもアレフの事を好いてると思ったから、男らしく身を引いたと言ってなかったか。それに彼女は何の助けも必要としていないよ。

どう言えば信じてくれるだろう。
村を救ってくれたティアも、ヴァンパイアの魔力にとらわれていたなんて。ティアが魅入られた魔物は、この村を恐怖のどん底に落とした森のあいつより年を経た強大な存在だと。

あいつは人間のふりをして、陽のある内に村に入り込み、タック伯母さんを襲った。旅人として宿を乞い…
パーシーさんはあいつと2日間、この屋根の下で過ごした。最上のもてなしをした客人に、裏切られていたと知ったら。

オレ自身、まだ信じられないでいる。
アレフか本当にアレフだったなんて。
あいつの正体が何百年と生きてきたヴァンパイア、闇の一族の統率者だったなんて。一族の裏切り者を制裁するために、オレやティアを利用していたなんて。

「アレフを退治するためか」
「うん…え?」
いつしか床の木目を見ていた眼を上げると、パーシーさんが溜息をついていた。紙束をテーブルに置いて、イスに座り直すのを見て、やっと声が出た。

「知ってたんですか? アレフの正体」
違う、きっとモル司祭が教えたんだ。
「子供の頃、会った事があるからね。年寄りの何人か気づいてたよ」

「知ってて…泊めた?」
「いや、思い出したのは…まあいい。一介の旅人として訪れた者を、追い出す訳にはいくまい。それに村を救ってくれた」
「でも、それは」
「理由はどうあれ村は救われた。お前も何度も助けられたと言っていたろう。なのにモル司祭に協力するのか?」

「だって、ヤツは伯母さんを!」
お見舞いに行けば、タック伯母さんは豪快に笑ってお茶を振舞ってくれる。でもやつれは隠せない。首にまいたスカーフの下には治らない傷痕が残っている。まだ伯母さんは魔物の呪いにかかったままだ。

「救ってない。あいつも同じだ」
「違う」
「どこが!」
「これ以上犠牲者は出ない」
「…どういう意味だ」

「気に入った相手が死ぬまでは、他の者に手を出す事はない。1つの村で1人だけ。何か月も…何年もかけて命をすすりとる。昔は…犠牲者が吸血鬼になる事はほとんどなかった。そうでなければ、とうに人は食い尽くされている。何千年も彼らはそうやってきた。町も村も滅ぼさず」

「伯母さんは見殺しにするのか」
「大勢を殺されるよりマシだ」
「そんなの」
「いい事だとは思ってない。昔の支配関係を蘇らせようとは考えてない。だが、テンプル以外にも黒茶を買い取ってくれる先が出来れば、双方に圧力をかけられる。適性な価格で買い取ってくれるよう」

「金かよ。そんなこと村長が言うなんて」
「金は大事だ。人が生きていくには。それにアースラ・タックについてはティアが…」
言いかけてパーシーさんはおしだまった。

そうだ、ティアだ。
「ティアこそ村の恩人じゃないか。今度はオレが助けなきゃ」
「たとえアレフを倒しても、ティアがお前と一緒になるかは」
「わかってる。でも、魔力でとりこにされてるんだ。その呪縛を断ち切らないと」
「そう思うのか?」
「決まってる。でなきゃ聖女がヴァンパイアを愛するはずがない」

パーシーさんは優しい顔をしていた。
「若く素直な心に真実は映るという。でも事実は、時間をかけて磨き上げた多くの鏡に映さなくては見えてこないものだ」
「何だよそれ」

「この村を出て広い世界を見ておいで。目をしっかり開けているんだよ。お前が守るべきもの、お前を守ってくれるものを間違えないようにな。後悔しなくてもいいように」

パーシーさんは壁ぎわの引き出しから小袋を出して、オレの手に握らせた。中身は数枚の金貨だった。
「持っていきなさい。くれぐれも気をつけて。利用されないように」

「ありがとう…ございます」
「モル司祭が待ってるんじゃないのかね」
「はい。行ってきます」
「生きて帰ってくるんだよ」
そうだ、もう二度とこの村に帰れないかも知れない。

アレフの強さは十分に知っている。力も速さもオレより上。攻撃呪の威力もわかっている。でも、愛する人を救うためなら、命は惜しくない。

森の幸亭へ向かう足はいつしか力強いものになっていた。

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