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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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女性
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盤上で追いつめられた水晶の王。一族の命運も共に尽きたかと思ったとき。横で見ていた娘が、父の代わりに一つ駒を動かしました。思わぬ手におどろいたエイドリル様は次の手を誤りました。

その誤りを上手に利用する一手を、今度は母が思いついて駒を動かしました。その次は息子が駒を動かしました。その次は祖母が動かしました。その次は祖父が。時にはおさな子が思わぬ手で盤を混乱させ、誰の心を読んでいいのか分からなくなったエイドリル様を、打ち負かしてしまいました。

読心を使っての勝負など、最初から公平とはいえません。一対一の勝負だという約束もしていません。

何より、盤上で起きた見事な逆転劇に感心したエイドリル様は、ファラに手紙を書きました。そして、返事を待たずに一族を船に乗せて東大陸へ逃がしてくれました。

宴のたびにヴァエルが魔法のように連れてくる珍しいニエ。どのように生みだされ、どこから連れてきていたのか。全てを知ったファラは、半島の村人を解放するように、恋人に頼みました。

やがて関所は取り払われ、半島に閉じ込められていた人たちは、自由に住むところを決め、好きな相手と結婚できるようになりました。

だけど今も、北の地を治めるヴァエルの領地には赤い髪と金の髪の者が多く住み、東の大陸には銀の髪をもつ人が住んでいる村があるそうな。


「何でファラは銀の髪の贄を欲しがったの。ファラは黒髪だったんだよね。初恋の相手が銀髪だったとか?」
過去形で語られる永遠の女王の嗜好と理由を、今さら忖度《そんたく》しても無意味だ。
「さあ。ヴァエルは金髪だったよ」

数人で挟み撃ちを仕掛けてきた山賊の中から、私はなぜ、あの金髪の坊やを選んだのだろう。一番若かったから…いや、褐色の頭の間に見え隠れする薄い髪色が、川床の砂金のように目だったからか。

「単に珍しかっただけかもしれない。白化したアカスジ魚を養殖して祝宴用に高値で市場へ出すように」混乱期に生簀《いけす》も需要もドライリバー周辺からは失われたようだが「祝いの席にふさわしい、珍味とでも思われていたか」

「親から子へ、母親の胎内で受け継がれる呪いか。どうりでキニルじゃ冷たくされてたわけだ。うっかり恋仲になったら、子孫が呪われちゃうんだもん」
湯気と共に甘い香りを結界内に広げるコカラを、ティアがすする。

だが、同じ人だ。肌や髪色で味の違いを感じたことは無い。直前に、塩辛いものを食べたかどうかなら分かる。むしろ、日ごろから注目を浴びているせいか、高慢なひねくれ者が多かった気が…私もか。

「この辺りでは、年頃になっても髪色が薄い者の確率は、そう多くないと思う」
キニルで高額の花代がかかる笑い女や評判の妓女。人買いが大枚を払って連れてくる女に、色鮮やかな髪色の者が多いせいで、北の者はみな薄い髪色だと誤解されているにすぎない。関が取り払われて数百年。とっくに混じり薄まり、自然の発現率と大差ないはず。

「でも、東大陸の村はそうじゃないよね」
持ち込んだ莫大な富と、太守にも勝る知を守るため、矜持と因習に縛られたつまらない故郷だったと母は言っていた。いにしえの取り決めに従い、立ち入ったことはない。母方の親族に会ったこともない。贄や代理人を求めた事もない。

「銀髪の子が出来るって計算して、一番血が濃い族長の娘を娶ったんでしょ、あんたの父親。自分の子をファラの大好物に仕立て上げて、セントアイランドに送り込むなんて、いい度胸よね」
当時は入植して100年足らず。呪はまだ濃かったはずだ。

だが白亜の城に招かれた時。まだ生身だった頃。特に身に危険を感じた事はなかった。ファラ様の前で、怖気づいた覚えもない。物心ついた時に、父はもう不死の身だった。慣れていたのかもしれない。吸血鬼のそばにいるのが、当たり前だと。

「怖いとは感じなかった。塔で育った赤子が、高さを恐れないのと同じかもしれない。それにファラ様の公子や公女には幾人か、銀髪の闇の子がいたと思う」
単なる食いモノと割り切っていたなら半島を開放しろなどといわれないはず。ファラ様は人を慈しんでおられた。

「それに太守の身内を勝手に贄にするようなムチャはなさらない。それが地の果ての小国の太守の関係者であっても。だいたい、噛まれたからといって必ず死ぬわけでも」
溜息をついてティアが丸く白い天井を見上げる。風の音が小さい。白い嵐はおさまりつつある。

「心の奥では、吸血鬼を恨んでたとか?」
「たぶん…。私が転化してから、母は夢の世界で生きるようになった。最期まで現実を直視する事なく逝ってしまった」
「おふくろさんじゃなくて、あんた自身」
言われている意味が分からない。血がもたらす高揚感から冷めたあとにくる、自己嫌悪のことだろうか。

「キニル近くの丘で話してたじゃない。開祖モルに弟子を会わせて、教会の設立に手を貸したって。心のどこかでファラやヴァエルに復讐したかったんじゃない? あんな昔話を聞かされて育てられたから」

「そんなことは…」
いや、もしかすると。
文字を学び書物から知識を得て知性を磨くことで、私は定命の身から不死の身に成り上がった。ある意味、不遜な下克上。領民を豊かにする道として、知識を得る手段の提供に賭けたのは…その先に、今ある世界を望んでいたのかもしれない。

「ところで、エイドリルは何で1人で大勢と勝負したの?しもべや闇の子に心話で知恵を借りれば、銀髪の一族と同じことが出来たでしょ」
甘く熱いコカラを飲み終わったティアの質問。これには何とか答えられる。

「時々、感じていること考えていることが、本当に私のものなのか、血と共に取り込んだしもべのものか、分からなくなる。エイドリル・ヤシュワーは、それを厭《いと》うたのかも知れない。古く誇り高い太守だったから」

「それ、血の絆や読心に関係なく、みんな一緒だと思うよ。あたしがあんたを倒して父親の呪いを解こうって思ったのは、教会の人形劇を見たから。あたしのモノじゃ無い。だれかから聞いたり教えてもらったり、読んで見て覚えたもの。あたしの心は、他から取り込んだもので出来てるよ」

「そう…だね」
心の中心に居座る、ティアを守りたいという思い。自分のものなのか、そうでないのか。行動に移す事によって既に裏打ちされた決意の出どころなど、追求するのは無意味か。

「止んだかな、雪」
すでにドルクは歩き出す用意を始めている。飲み終わったカップを雪で拭き、砂糖やコカラの袋と共に、背おい袋に収めている。厚い手袋をはめ、新雪の上を歩くための底が広い毛皮のブーツをはく。

ドーム状の結界を揺さぶると、積もった雪が落ち、澄んだ空が広がった。星が美しい。北の赤い光は極光の一部だろうか。

暗い針葉樹が見下ろす斜面。時折、空の果ての赤い輝きを振り返りながら、歩いて登る。山賊の襲撃時に馬を失わなければとも思うが、仕方ない。それに、彼らのうち2人は命を失った。一生のこる傷を受けた者も幾人かいる。我々が無事なのは不死と治癒呪のお陰でしかない。

不意に目の前が開けた。平らかで明るい湖。湖岸に方形の城が建っていた。ヴァエルが冬期にのみ滞在していた城。ホワイトロック最南端の地。ファラの居城に応えるごとく、白く優美な外観だがひとけはない。平地が少ないせいか城下町もない。

上陸した港。木材の積み出し港の明りは、ここからでは見えない。ただ、こちらの斜面は雪の積もりが薄い。風向きのせいか、湖がもたらす温もりのせいか。あるいは城を守るように飛び交う風精のお陰かもしれない。

「手に封じた風精を先行させてみないか。仲間だと思ってくれたら、我々もすんなり通してくれるかも知れない」
ティアが左手を差し伸べ、風精を放つ。
「あそこに、あなたの仲間がたくさんいるんだって。ごあいさつ、ひとりで出来るかな?」
子どもにお使いでも頼んでいるような口調だ。

つむじ風が白い雪を巻き上げながら下っていった。しばらくして戻ってきたつむじ風に、ティアが手を差し伸べる。うまくいかなかったらしい。

「名前を聞かれたんだって…あたしたちじゃなくて、この子自身の名前。どうしようか」
名前の概念が分かるほど、いつの間にか成長していたのか。昼間も魔力を注ぎ育てる者がいると、かなり違う。
「キングポートで譲ってから、ずっとティアさんが育ててきた。育ての親が名づけ親になればいい」

「だったら、フレオン…自由な風がいい。お前の名前はフレオン」
古い言葉だ。親友の意味もあったはず。立場や身分を越えて結び合う心の絆。束縛を受けない想い。

つむじ風が誇らしげにティアの周囲をめぐり、雪を巻き上げ、空気を揺らす。細かな振動が繰り返し呟いていた。
『フレオン』と。

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