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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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アレフは8羽の見えざる使い魔への指示を変えた。不完全な実体から虚に状態を移し、壁を透過させて広間の下、一階の階段ホールに集める。夜目の効かない2人につけていた使い魔も引き剥がし、床を抜けさせた。

(何すンのよ)
突然、視界を裸眼に限定されたティアが、尖った心話を送ってくる。手足を押さえ込んでいる青ざめた顔の向こう、火事の光が揺れるアーチと寄木細工の天井を、ティアの心に送り返した。
(今なら使い魔の助けがなくとも、広間を見渡せる)

同時に、ティアの体内に組み上げられてゆく破邪呪の方陣を感じた。なるほど、床に描けば気付かれるが、体内に隠せば発動直前までわからない。だが、土の属性がないぶん威力は弱まる。それに呪を唱えなければホーリーシンボルは発動しないはず。

(使い魔を方陣の交点にする)
かつて見た光の方陣を、下の階で梁にぶら下がる透明なコウモリを基点に組み上げた。身が内からただれ崩れる痛みを思いだせば、手足から力が抜ける。だが、己を追い詰めなければ、一番大事な決意と覚悟がなえる。

短縮呪ではない、正式な呪を口にした。
「ほう、在野の魔法士の分際でテンプルの奥義を真似るか。だが、方陣のカケラも浮かばぬようだな」
バックスの油断しきった声に成功を確信した。

(バカ、不死者がホーリーシンボル使って無事に済むと)
思ってない。他の攻撃呪には反動から術者を守る障壁がある。だが、生者には害がない破邪呪に障壁などない。全ての精神力を術式に込めるからこそ、全てを貫く最強の力を発揮する。世界を変えた光の呪法。死人が使えば本来ひとたまりもない。

それでも…
私とテオの役割は、身をていして真の破邪呪の使い手であるティアと、銀の矢を持つドルクを守る事。

「きさま、1階の天井に方陣を」
階下で倒れ伏すしもべから報告がきたようだが、遅い。
「そやつの息の根を止めろ」
喉を握りつぶし胸を貫こうと一瞬ゆるんだ数本の手から、全力で逃れた。骨が折れ、肩と股関節がありえぬ角度に曲がる。激痛に耐える悲鳴の代わりに空中で呪を叫ぶ。

壊れた人形のように床に落下すると同時に、広間の大半を包む光の噴出が始まった。方陣の基点となった使い魔たちが…分かたれた精神体の一部が、光の中で消失していく。同時に身のうちに存在そのものを解き崩す灼熱を感じた。

バックスとしもべ達の悲鳴。約半数が灰と化し、残る者たちも倒れ伏す。だが、この程度で始祖は滅ぼせない。人から得た血潮以外に力の源泉をもたない不死者が、1度に放てる呪力などタカが知れている。もう光は薄れ始めている。第一、私自身がまだ意識を保っている。

「よくも、この死にぞこないが」
バックスも滅びそこなったか。玉座にすがり、立ち上がろうとしている。すぐそばで気配を殺しているティアを無視して、私にトドメをさそうと足を引きずり近づいてくる。

とどめは灰すら残さず全てを消滅させるティアのホーリーシンボル。準備が完了したティアのポケットに、地の呪を封じた水晶玉を移送した。己自身とテオとドルクの治癒が続く中での、実体を持つ物体の移送。力を使いすぎた。気が遠くなる。

薄れる視界に、バックスの背後に迫るティアの姿が映る。トドメを刺そうとかがみ込む白ヒゲに覆われた首に、灰色の法服をまとった腕が巻きつき、締め上げ、呪を叫ぶ声が耳に刺さる。
赤い衣装をまとった胸に輪状の眩しい光が湧き出した。

悲鳴とあがき。ティアが振り飛ばされる。だが、心臓が消滅すれば、たとえ不死の身でもそう長くは動いていられない。再生には…月単位の時間がかかるはず。

テオの雄たけび。奪われた剣を灰の中からつかみ出し、バックスに向かって振りかぶる。首を落とすか頭を潰せば吸血鬼も倒せると言っていた。これで…

「余を舐めるな、若造!」

大剣が老人のしわぶかい左手に掴み止められていた。振り下ろそうと両腕の筋肉を盛り上げるテオの額に脂汗がにじむ。

ありえない。あの深手からもう再生したというのか。私はまだ立つことも出来ないというのに。どこからあの再生力が湧いてくるのだ。

テオが片手で投げ飛ばされ、壁に叩きつけられる。気が遠くなりそうな頭の痛み。肋骨が折れ息がつまる。己がキズ以上に、きつい。

(あの者、自らの闇の子を食っています)
ドルクの嫌悪感に満ちた心話。言われて階下やまわりにいた他の不死者の数が、大幅に減っているのに気付いた。魔力を断って…いや、引き戻したのか。気配を感じるのは傷が浅かった2人だけ。他の深手を負った者たちは再生も叶わず灰と化していた。

「なんで、そんな事ができる。心を通じ合える闇の子を、蘇らせた命を、始祖が己の回復のために消滅させるなど」
「妙なことを言うものだな、魔法士に身をやつした司祭よ。このもの共は余がよみがえらせたしもべ。いざとなれば、与えた命を賭して余を守るが役目よ。お前もその列に加えてやろう」

胸倉を掴まれた。しもべに変えるための視線の魔力。渇きを満たそうと剥き出しになった牙。黒く穴が開き抜け欠けた老人らしい歯列の中で、犬歯だけが若く無傷なのがこっけいだった。

さて、始祖が別の始祖に噛まれるとどうなるのだろう。異なる血族の血が毒だという俗説が真実か否か、試してみたい気もするが…互いに何の益もなく終わるのがオチだろう。
「残念だが、お前のしもべにはなれない」

やっと肩が戻り、股関節が回復した。
「貴様…」

呪もなく復元していく体をまのあたりにして、やっと何者を相手にしているのか気付いたらしい。

「眠り姫か」
「その名を男に与えるテンプル流の冗談が、どうにも理解できない。分かりやすく解説してもらいたいところだ」

全身に衝撃が走り、視界が暗くなる。意識できたのは頭と背中の痛み。すさまじい勢いで床に叩きつけられたようだ。
「余は、わたしは、貴様の代わりに、このような呪われた身にされたのだ。貴様さえ、貴様さえ」

ほほ骨が陥没し、喉にコブシが埋まるのを感じた。首の骨がきしむ。だが、力まかせに殴るバックスも無事では済むまい。突き刺さるのは折れて飛び出た手の骨ではないだろうか。

このままでは再生が追いつかず、バラバラに引きちぎられるかも知れない。

テオの傷も深い。振り飛ばされたとき頭を強くぶつけたらしい。耳に響く水音は脳内に吹き出す血か。
ティアも骨を何本か折っている。あれほどの痛みで気絶しないのは、憎しみなのか執着心なのか。

「アレフ様から離れなさい!」
ドルクの射た矢が、眼前で掴まれる。
「ほう、銀の矢じりか」

鼻を鋭い痛みが刺した。高笑いとともに顔に、癒えぬ痛みが増えていく。止めようとオノを手に突っ込んできたドルクが、殴り飛ばされるのを感じた。

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