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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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女性
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「すまんな、乾燥倉なんぞで夜をすごさせて」
太い樫のかんぬきを下ろし、魔よけを施しながらパーシーは小声で謝った。
「皆で決めたオキテじゃないか。仕方ないさ」
扉の向こうで笑うアースラ・タックは快活だ。

湿気を入れぬ厚い壁。一晩中たかれる火。たとえ心を操られても、内側からは扉を開けられない乾燥倉は、吸血鬼の口付けを受けて生き残った者の夜の待避所。
失血で弱った者にとって過ごしやすい寝所とはいえないが…アースラなら大丈夫だろう。

「昔のあんたなら、テオを探しに森へ駆け出してたろうな」
「そりゃいつの話だい? あたしが森で迷子になったのは、ションベンくさい小娘だった頃だよ」
「でも、プライアーに恋をしていた」

「恋に憧れるガキだったんだよ。30も年上の結婚もできない相手に入れあげて。バカだったねぇ。優しいエルマーさんが死にに行くと親に聞いて、どうにか助けたいと夢中でさ…あんたら若衆組には迷惑かけたね」

深呼吸してから、心を決めた。村人のために出来る事は何でもするのが村長の仕事だ。祖先が残した富も、それで得た知識も、村人のために使わなけりゃ意味がない。

「昔話をしていいか? まだ12か3だったかな。エルマーおじさん…いや、その頃は20代の半ばだから、お兄さんか。親がプライアーに頼みこんでくれてな。東大陸への旅に同行させてもらったんだよ」

「うらやましいねえ。20年早く生まれてたら、あたしもついて行ったのに」
「きっと楽しい旅になったと思うよ。あの頃のプライアーはいつも笑っていた。未来と夢を語ってたよ」
「想像つかないねぇ。あたしはプライアーの憂い顔とため息が好きだったから」

「バフルはシルウィアより大きい石とレンガの街でね。けどブドウ畑の中に建ってたお城は、森の城より小さかったかな。それでも、謁見の間なんてトコロに行ったのは初めてだったからね。ガチガチになってたら、プライアーが優しく背中をなでてくれた」

今でも鮮やかによみがえる思い出。忘れるはずのない光景。
「シリルの茶葉や材木と、サウスカナディ領の穀物。バフル経由で行う交易が産む豊かさについて、プライアーは嬉しそうに報告してたよ。この利発そうな少年が未来の村長だ、どうか引き立ててやってくれと、2人の太守に紹介してくれた」

「利発?ちょいとうぬぼれが過ぎやしないかい?」
「私じゃない。プライアーがそう言ったんだよ」
今朝方、魔法士の姿を見てから、なぜか思い出せなくなった記憶。胸のもやもやが解消したのは昼前だ。薄暗い寝室で眠る銀髪の男。あれを他人の空似と片付けていいものか。

「他のつまらないおっさん連中と違ってプライアーは子供の話もちゃん聞いてくれたねぇ。まぁ、少し夢見がちなところがあったのは確かだよ。体は歳相応でも、心は若いままだったんだろう。噛まれて“代理人”ってヤツになった時、心を持っていかれちまったのさ」

呼べど応えぬ主への思いを抱えたまま、グリエラスに仕えるようになったプライアーは、シルウィアの事務所を処分してシリルから出なくなった。海を見て里心を呼び覚まされるのを恐れていた。

そして、森の焼滅と人質の虐殺をほのめかすテンプルの呼び出しに応じたグリエラスに従って、村を出て行った。指定された領境の峠に行ったグリエラスもプライアーも、他の衛士たちも…誰も戻っては来なかった。あれからもう20年はたつ。

「夜が明けたら、乾燥小屋を出てもらうから」
「…そうかい。けっこう快適で気に入りかけてたのに。仕方ないね。オキテだし」
アースラの声が甲高い。不安をごまかす虚勢に聞こえた。

「皆の手前、入ってもらったが…本当は何の意味もないのは分かっている」
「…いくらあたしでも、暗いうちに井戸端で洗濯するような度胸はないからね。夜じゃシミが落ちたかどうかも見えないし」

アースラは服を着て木靴をはいて、洗濯物を握りしめて家の入り口で倒れていた。テオの語った事が本当なら、襲われたのは夜ではない。空を雲がおおわなければ出てこない、森のヤツではありえない。アースラを噛んだのは、晴れた朝に出歩けるほどに歳を重ねた吸血鬼。

「プライアーは言っていたよ。願いは必ず叶う。強い思いは血を介して伝わり、太守の心を変え、世の中を良くしていくと」
「夢見がちなプライアーの言いそうなコトだね」
人が新しい恋人に入れあげ、好みや生き方を変えるように、吸血鬼も新しいしもべには強く影響されるハズだ。

「願ってみないか?かわいい甥を助けて欲しいと。テオを守ってくれと。生かして返せと。繰り返し強く思えば、叶う」
アースラの愉快そうな笑い声が扉越しに響いた。
「テオが駆け出していってから、ずっと無事を願ってるよ。本当に願うだけで叶うなら、テオは何があっても無傷で帰って来るさ」

ブースと名乗る男の頼もしい笑顔を思い出す。昼食を強引にすすめる家主をいなすための、その場しのぎの約束ではないと感じた。豆とキノコのタマゴとじに歓声を上げていた見習い聖女は、ちゃんと話を聞いてたのかどうかも分からないが。

「彼らにテオの事を頼んだ。探して無事に連れ戻して欲しいと。森の加護があるなら、テオを見つけるのは難しくない。ドライアドも彼らには力を貸すはずだ」

「その駄賃が、あたしかい。そりゃ可愛いテオのためなら何でもするさ。けど、むざむざ殺されてやるほど、安い命でもないつもりだよ」
怒りのこもった低い声だった。

アースラの夫は、夜明けに表へ出て行った。不死者となったばかりの身を、自ら陽にさらして消滅したと告げたアースラは、墓ぐらいは作ってやるかと笑っていた。その笑顔の奥に、どれほどの想いが渦巻いていたのだろう。

胸が詰る。アースラにどれほど酷な事を頼もうとしているか、分からないわけではない。

「グリエラスのように、1人に執着して吸い尽くすような事はないと聞いた。だから、アースラが家に居なければ、彼は他の者を襲う」
「防壁になれと言うのかい。いくら年食った未亡人だからって、あたしを丸太の柵あつかいするとは、ひどい村長だね」
耳が痛い。

「…それで、いい男だったかい?目の前にいる女の子の想いに気付かないほど、エルマーが入れ込んだ男なら、少なくとも中身は酷くないと思ってるけどさ」
「保証するよ。むしろ容姿だけが取り柄だと陰口を叩かれていたくらいだ」

赤い光を感じた。振り返ると、森をおおうもやが赤く輝いていた。夕焼けはとっくにあせ、夜明けにはまだ遠い。それに方角が北だ。

「火事…」
「なんだって?」
「森が燃えている」

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