忍者ブログ
吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
| 管理画面 | 新規投稿 | コメント管理 |
ブログ内検索
最新コメント
[09/13 弓月]
[11/12 yocc]
[09/28 ソーヤ☆]
[09/07 ぶるぅ]
[09/06 ぶるぅ]
web拍手or一言ボタン
拍手と書きつつ無音ですが。
むしろこう書くべき?
バーコード
カウンター
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
久史都子
性別:
女性
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

木炭でこした水が溜まるのを待つ間に固まった腕をかばいながら、スレイはかついだ樽を馬車に載せた。直後、すげぇ臭いに振り返る。この娘は時々、足音もなく後ろに立っている。灰色の野ネコみたいだ。

「これはティア聖女。変わった香水をつけてますね」
「まだ臭う?ったく、目に染みるし、力んでて少し吐きかけたわよ」
「良かった、風邪気味で」
「うらやましい。便所に行かないヤツはもっとうらやましいけど」

急に落ち着かない気分になった。馬車から降りている時、わけもなく不安になる。理由を考えるようとすると気持ち悪くなる。故郷から離れた者が感じる旅愁だと、ドルクは肩をたたく。そして山は寒いから風邪でも引いたのだろうと笑う。

「逃げないと今夜、喰われるわよ」
 
キニルを出て2日目、宿場町の近くで野宿しようとしていたリュート弾きを思い出した。黒髪の旅芸人は、夕闇の中で歌を披露し、幾ばくかのゼニを帽子に受けたあと、もっと花代を弾んでやると肩を抱く主に馬車の中へ連れ込まれた。

また悪いクセが出たとため息をつくドルクに、見なかった事にしてくれと口止めされた。けどリュート弾きはすぐに馬車から下りてきた。襟元を乱し少し顔が赤らんでたから、何もされなかったワケでもなかろうが。

「大丈夫、生っ白い大柄な男は柔らかいんだ。簡単にはいかないもんだ」
ニヤついて片目をつぶって見せたら、あきれられた。
「そんなんじゃないって、本当は気付いてるでしょ」

手が青ざめて冷たいのは、きっと体質だ。寒い山の朝、窓に顔を近づけても曇らないのは、単に息を止めていたからだ。便所は…使用人に無様な姿を見せたくなくて、気付かれないように済ませてるだけだ。

腹いっぱいになるまでお代わりを許してくれた親方はいなかった。暖かい毛皮のコートをくれた主人もいなかった。ずっとウサン臭いヤツと思われてきた。同じ席に座って真っ直ぐ目を見て、頼りにしていると言ってもらったのは始めてだ。

首を振って背を向けたとき、追いすがるようにささやかれた。
「あんたの忠誠心や友情を、あいつらは裏切ろうとしてる。本当の名前も旅の目的も話さずに、何もかもウソで固めて、スレイをダマして利用しようとしてる」
けど、偽名ならオレも使っている。

「そういうあんたは、本当を知ってんのかい?」
「本当の名はアレフ…森の大陸へ向かったモル司祭を殺そうとしている」
思わず吹きだした。

「ガキ相手に教会がやってる人形劇じゃあるまいし」
終わりがなかなか見えない進発式の行列。あれにたった1人で挑むのか?
吸血鬼は噛んだ人間を手下にする力があって、昔はそれで人と世界を支配してたんだったかな。けど、おれ等が手下になっても、シロウト3人と小娘でどうにかできると思えない。

「峰を西にいった先に小屋があるんだって。そこから徒歩の旅人が利用する抜け道が北に伸びてるみたい」
横をすり抜けながら、聖女がささやいた。

山荘の暗い影で黒い馬車のそばに1人でいると、見えない何かが背中や足元に忍び寄ってくる気がして、うぶ毛が逆立った。追われるように明るい方に出ると、日が遠い稜線に沈んでいくところだった。血色の雲の輝き。冷たい風がうなじをなでる。

「夕食の支度が整ったそうだ」
不意に声を掛けられて、足がすくんだ。夜、フードをとった若い主は髪も肌もほのかに光って見える。いや、陽をロクに浴びてない肌と整った顔が目を引くだけだ。

「今日は私らと一緒に?」
「私は先に終わった。何もすることが無かったから」
そういえば飯を食ってるところを見た事がない。1度、乾杯した事があるが、口をつけたグラスの酒は減っていなかった。

「スレイ、疲れているようだね。食べたら早めに休むといい」
赤い唇が笑う。霧に包まれたように頭がぼやける。この山脈の隠された谷で取れるという緑の花。目覚めながら夢を見られる煙花を吸ったみたいに心地いい。

気付くと、干し果物が混ざった焼き菓子と、塩漬け肉のスープを義務のように食っていた。今夜は早めに休もうと考えながら、心のどこかが炙られるようにヒリつく。

治療師から聞いたヨタ話をぼんやりと思い出していた。煙花の効用には不吉なモノがある。
確か…

冷水に身を浸したように体が震えだした。
早く眠ることを考えながら夕飯を終え、馬の様子を見てこようと決心して厩舎に向かった。馬をなでて心を落ち着かせる。ついでに馬車の車輪も点検しようと、強く念じながら裏手に回る。

馬車の荷から干し肉と干し果物を一掴みづつとってポケットに詰めた。金は無いが、下界にたどり着いた後、この毛皮のコートを売ればしばらくは何とかなる。

スレイは物音を立てないように、なるべく何も考えないように努力しながら、西へ向かった。石を注意深く踏み、風の強い時は岩を這って、太陽の名残が残る方向をひたすら目指す。

ふと、明るさを感じて振り返ると、薄赤い月が東から昇って来ていた。白い山が月の光に輝く。見上げれば満天の星。きれいすぎる景色がワケもなく怖くなる。

登りになると息が切れる。下りは転げ落ちそうで冷や汗をかく。本当にこの先に小屋はあるのだろうか。不安を感じて月をみやると、まだそんなに経っていない。歩いても歩いても進まず、時も移ろわない悪夢のワナにはまった気分だった。

干し果物を一つ口に放り込み、味と歯ざわりで正気を確かめる。ここは夢の中じゃない。まだ、おれは狂ってない。いや、正気を失いかけていた己を、やっと取り戻したんだ。

考えてみれば、使用人にああまで良くしてくれる主なんているわけない。下心があるに決まってる。オレは豚のように太らされて喰われるところだったんだ。

不意の突風に、何か薄いものが顔にぶつかったが、周りを見ても何も無かった。かじかむ手を擦り合わせた時、稜線に人工的な小屋の形を見つけた。

せまい小屋の中は、ワラ束の様なもので一杯だった。踏み越えて苦労して暖炉までたどり着く。上に置かれた火打石を探り当て、手探りで木炭の粉を感じ、ベルトの金具にぶつけて火花を飛ばし、息を吹きかける。頭がふらふらし始めた頃、赤い火が力強く燃えさしの薪に広がって、ほっと息をついた。

手をかざすと、温もりで身の脂と疲れが解けていく。光を頼りに燃やすものが他に無いか、暖炉の周りを見た。薪はどうやら外らしい。もう少し休まないとマキ割りなんて無理だ。

仕方なく、周りにたくさん積み上げられている乾燥した草の塊を、火に放り込もうとしたとき、背後から手首を掴まれた。
冷たく無慈悲な硬い手。振り向かなくても白い顔が見下ろしているのが分かった。

「煙花など暖炉にくべたら、心地いい夢どころか悪夢から一生覚めなくなる」
「これは…不死者の呪縛を断つ聖なる薬だって聞いた」
「違う。口付けに近い快楽を得られるというだけだ。シリルの吸血鬼騒動で大量に商われているようだが…代替物に過ぎない。むしろ害の方が多いだろう」

手首を締められ、煙花と共に逆らう気概が床に落ちた。
「お前の命を少し貰いたい」
掴まれた手を強引に引かれ、振り向かされた。暖炉の暗く赤い熾火《おきび》に、白い笑顔と、赤い口元からこぼれる牙が照らされていた。

「殺しはしない」
言い訳の様にささやきながら巻きついてくる冷たい腕。死ぬよりもっと酷い運命が待っているはずだ。身も心も縛られ、死んでも安らかな眠りはない。永遠の奴隷となるさだめが、唇と共に喉元に押し付けられる。

首の付け根あたりに、氷の針を突き刺されたような痛みが走った。同時に脳天から快楽が弾けた。全身の毛が泡立ち、肉が震える。煙花がなぜ代用物になるのか分かった。けど、共に高みに駆け上がり心の広がりを実感できる、口付けと血の絆の方がずっといい。

所有の印を焼きつけるように、飲んで頂いたのは1口だけ。月翼山脈を越えてふもとにたどり着くまで、オレは少しずつ主の糧となれる。名残惜しそうに首筋を舐める冷たい舌が嬉しい。

やっと手に入れた宝物の様に、大切に抱えられて戻る道。揺るがない首にかけた右手の甲を、麻糸より細い髪が包む。来た時と全く違って景色が明るく感じるのは、半分はアレフ様の眼で見ているからか。

ふと立ち止まられた主の視線を追って、南にそびえる、同じくらいの高さを競う2つの峰を見上げた。真ん中に月が青白く浮いている。白く輝く稜線は、大きく広げた月の翼。
だから月翼山脈と呼ぶのだと、今さらながらに感心していた。

1つ戻る  1次へ


拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[168] [169] [170] [171] [172] [173] [174] [175] [176] [177] [178]

Copyright c 夜に紅い血の痕を。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]