「最近よく教会で告白していく馬丁の子が…。おそらく、倒錯行為の犠牲になったのだと思います。幼い少年には意味が分からず、痛みと出血を吸血鬼に噛まれたと」
光る頭をなでながら話す教長に、ルーシャはお義理の笑みを浮かべうなずいた。
ウォータまで北上したが探し人の手がかりはなかった。もしやとサウスカナディ地方を南下する街道をたどってきた。だが、全ては無駄足だったかも知れない。
子供たちが帰った後の教会は、静か過ぎて空しい。日がホコリのスジを照らす。徒労感が増す。
「そういえばチコが話していた吸血鬼…黒フードの銀髪の若者でしたな。身をていして逃がしてくれた聖女は金褐色の髪の娘。ですが、偶然でしょう。わざわざ馬車を仕立てて廃墟同然のサウスカナディ城を見に行った、変わった趣味の金持ちに過ぎません」
「サウスカナディ城…そうか」
ルーシャは目を見開いた。街道をとつぜん離れた理由。吸血鬼かぶれの若者なら、ほぼ原型を留めている旧時代の城を見たいと思っても不思議は無い。
「その少年に会えますか?」
「助手として親方と荷馬車に乗ってないなら、駅で馬小屋の掃除をしていると思いますよ」
チコは馬糞で汚れた子供だった。チョッキも半ズボンも無造作にしばった黒髪も顔も汚れて悪臭がひどい。ともかく、歳かさの馬丁見習いに銀貨を渡して、馬小屋から連れ出した。不安そうだった顔は、アニーの姿をみて少し笑った。助けてくれた聖女と重ねているのかも知れない。
厚い土壁にかこまれた告白の小部屋で、黒い紗の幕ごしに、アニーがチコと話している。二重に張り巡らされたビロードのカーテンが声を吸い込む。その裏にたたずむルーシャは息を殺し耳を澄ませた。
アニーが教長から聞いた話をすると、見知らぬ者に打ち明け話をもらされた事を悔しく思ったのか、チコは沈黙した。しかし、すぐに涙声で“ティアさん”を見捨てたことを詫び始めた。
「あた…ボクを馬車に残して3人で出かけて、次の日の夕方戻ってきた時には、ティアさんの手首に赤い布が巻かれてた。いつもより元気なかった。ボクの代わりに噛まれたんだと思う」
その2日後、馬車が5人組のゴロツキに襲われた。城から何か宝を持ち帰ったって思ったみたい。それで横取りに来たんだろうって、後でティアさんが言ってた。
ゴロツキが撃った矢からボクをかばって、ドルクさんがケガしたんだ。
でも、あいつは全然気にしてなくて、霧でゴロツキたちを動けなくして笑ってた。それで一番若い男を選んで馬車の中につれてったんだ。猟師が仕留めた獲物を運ぶ時みたいに、楽しそうに。
ティアさんすごく不安そうだった。新しい贄が手に入ったら、ボク達は飲み尽くされるかも知れないって。そうならないよう、血以外でも役に立つと思われるように、馬の世話とかいろいろ覚えた。だけど、ボクみたいな力の弱い召使いより大人の召使いの方が良いと考えるかも知れないって。
だから、あいつが新しい贄に夢中になっているスキに、ノルテに鞍を置いて身の回りのものだけ持って、2人乗りで逃げたんだ。
でも、血の絆がある限り遠くに逃げても居場所が分かっちゃう。だから、解呪をしてみるって、ティアさんが言った。
黒い薬湯を沸かして飲んで、地面に描いた方陣に寝そべって、ガラスのビンに入ったショクバイってのを首の噛みキズにつけて、おでことおでこくっつけて…儀式の間は、なんだか夢を見てるみたいな感じだった。
解呪した後は頭がすっきりして、あいつの事を考えても怖くなくなった。治癒の呪で首のキズも、ティアさんの手首の傷も消えた。これでもう、あいつからは自由だって思った。ティアさんが持ってた男の子の服着て、たどりついた町で馬を売って、お金作って、あとは家に帰るだけって。
けど、追いつかれた。売ったノルテから足がついたんだとおもう。
ボクを逃がすために、ティアさんはオトリになって捕まって…連れて行かれるのが見えたのに、足がすくんで助けに行けなかった。
その時のこと、ずっと悔やんでて、ここで教長さんに打ち明けるまで、ずっと眠れなかった。
あいつ…ティアさんの法服が欲しかったんだ。テンプルの聖女が横にいたら、吸血鬼だって疑われなくて済むから。だから、まだ飲み尽くされてない、殺されてない。きっと生きてる。
「だから、ティアさんを助けて」
「大丈夫、助けるわ」
すがりつく様なチコの声に、力強く応えるアニー。ルーシャも頼もしいと感じる慈母の風格だ。
「それでティアさんを捕らえている吸血鬼の名前は?」
「分からない。アーネストって宿の人は呼んでた。でも本当の名前じゃないと思う」
追うべき相手はアーネスト、か。
チェバの宿でも同じ偽名を使っていた。だが、それ以前は別の名を名乗っていた。なかなかに用心深い。だが、追い詰めてみせる。
このまま北上したとすれば…行き着く先は水の街ウォータ。
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