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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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グラスロードはラウルスから分岐して、南へと伸びていく。
寒冷地独特の澄んだ空。氷河が削りあげた鋭い山が遠くにかすむ。車窓に明るい湖が広がる時もあれば、針葉樹の暗がりに視界をさえぎられることもある。

極地に最も近いドラゴンズマウント領。再開した駅馬車は海岸に点在する集落をつなぎ、遠く雪原まで行くらしい。深く大地えぐる細長い湾を渡し舟で越えて、温水が湧く湖のほとりにある極光が夜空を彩る最南端の村の安否を確かめるために。

だが、アレフの目的地は白い大地ではない。

毛長牛の列に道をふさがれて馬車が止まる。御者の舌打ち。ブチ犬と牧童が褐色の群れを急かしているが、当分は動くまい。見渡せば、家ほどもある黒い岩が草原に影を落としている。大昔の氷河の忘れ物か。

探しにきたのは、もう少し新しい忘れ物。ウリシアダがファラと協力して作り上げた最強の魔導生物ドラゴン。まだ1頭は残っているというが、海に突き出した崖の上の城は焼け落ち、人も家畜も…ネズミすらいなかった。

目撃談はこの先にある、メニエに集中している。ハラワタを食われたアザラシの死体が丘の上で凍っていたとか。放牧中の毛長牛やカリブーが何頭か消えるとか。

空からの驚異に逃げ惑い、足を折る家畜が後を絶たないという理由で、退治するか追い出そうという話もあるらしい。
邪魔だと、要らないというのなら、引き取りたい。

モルに対抗する力としては、あまり役には立つまい。ウリシアダが可愛がっていた5頭は、テンプルの侵攻を止められなかった。異界から召喚された毒蝶の鱗粉を吸い込み、つぎつぎと海中に没したという。

アレフは少し不思議な気分で前の席のティアを眺めた。これまでは、行く手に討ち果たすべきモルがいた。今回の南下は、完全な無駄足といえる。なぜ、まだ行動を共にしてくれているのだろう。

復讐を諦めたのなら、テオの唐突で素朴な提案にのっても良かったはず。命の危険がなく罪に手を染めることもない、普通の暮らし。子供時代の喪失を埋める温もりと愛情が手に入る道。

それにしても、出立間際に求婚とは…

「ずっと、オレの横にいてほしい」
真剣な声と表情が脳裏によみがえる。

命に関わる危機を協力して乗り越えた者の間に特別な感情が芽生えるという。確かに、テオは灰色の法服を目で追っていた。ティアを妄想の中で抱いていたのも知っていた。だが、具体的な未来までは考えていなかった。誰かに何か言われたか。

自警団の悪友や年かさの者が、今のがしたら二度と会えなくなると、冷やかし混じりに吹き込んだか。それとも私の素性に気付いている誰かが、ティアの身を案じて引き離そうとしたのか。

なぜ腹立たしく感じるのだろう。私がどう頑張ってもティアに与えられないものを、テオは与えることができるからか。温かくたくましい…まだ成長過程にある生身の体がうらやましかったのか。

何年経とうと変化しない、冷えた身体に少し倦《う》んだのだろうか。かつては羨望の対象だったこの身が、今では皆にうとまれる事に、少し疲れたのかも知れない。

「ごめん。あたしには、応えられない。まだやることがあるから」
「…アレフか」

うなづき、手を振りほどくティアの姿を思い出すと、嬉しくて誇らしい。

だが、テオが言ったのは、どっちの意味だろう。ティアが私を選んだと思って諦めたのか。吸血鬼の親玉たるアレフを打倒するまでは応えられないと解釈したのか。

どっちも、同じか。

(ポニック翁が、目覚めぬまま亡くなりました)
強い、そして沈痛な心話に、思考が途切れた。
バックスと戦う力を集めるために、しもべ達の心の奥底に力の通路を開いた。体が弱かった者や年老いた者のうち、幾人かが力の通過に心を飛ばされ昏倒したと、翌日に知った。

カウルの代理人も倒れたが、2日後には目を覚ました。最古老のカクシャクとした姿が目に浮かぶ。半死のアンディは逝ってしまうかと思ったが、数日後に快方に向かった。だが、かつては父の代理人でもあった流氷の村の長は…。

犠牲者を出してしまった。これでは闇の子を食らったバックスを非難できない。
気絶しないまでも、心身の調子を崩した者も大勢いる。

(イヴリン…それでシノアスは)
海の向こうで名代を務めてくれている女丈夫が、決然と顔を上げるのを感じた。
(紅い指輪をさせた者が向かっています。臨時の代理人にする手続きは整えました。彼にシノアスを任せるに足る村人を見極めてもらいます)

本当なら私がやらねばならぬことか。

(バフルの商人たちが金を出し合ってクインポートで雇った船は、倉庫にあふれていた荷を積み終えて、明日には出港です。そちらは?)
急な話の切り替えに、しばし何の事か悩んだ。小麦の輸入差し止めに対抗して、臨時に組まれた会舎か。

(スフィーの教長が募った出資者から集めた金で船は雇った。シルウィアにつき次第、小麦や茶葉を積んで出航するようだ。欲が勝手に計画を転がしている)
しもべとなっても衰えない、あの者の蓄財への情熱には、敬意すらおぼえる。

(それより、イヴリン自身は大丈夫なのか)
東大陸内に私がいないとバレたせいで、イヴリンへの非難や抗議は、過激なものとなっている。だまされたと感じる代理人たちも多い。

間もなく1年。
もう限界かもしれない。

(ご心配にはおよびません。我が身を守る算段くらいは立ててございます)
独自に任命した、イヴリンの個人的な衛士たちか。
だが力で抑えれば、どこかにほころびが生じる。

「やっと毛長牛の群れ、切れたね」
ティアの声に、意識が引き戻された。ムチをもらった馬がいななき、馬車が揺れた。

今は、取り返せない過去や、手の届かない海の彼方より、目の前の明日を思いわずらえ。そう言われている気がした。

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