懐かしいけど見慣れない天井と木目を、ティアはしばらく見ていた。今までのことを全て夢だと思い込むには、梁のフシアナが3つばかり余分だ。ベッドから身を起こして、ここが館に勤めていた事務官の宿直室だと知った。部屋は荒らされていないが、扉は壊されている。
少なくとも、館が襲撃されて父さんが殺されたのは夢じゃない。
服は脱がされてたけど、特に乱暴された形跡や痛みはない。
作り付けの棚に、白い布の小山があった。家出する前につけていたあたしの下着だった。もう小さくて着られないかと思ったら、無理すればなんとか入った。なんだか、この2年間、ちっとも成長してないとあざ笑われているみたいだ。
西日が射す窓の向こうに、風で揺れる法服を見つけた。枝に引っ掛けられているブーツに縄の跡が残っているのを見る限り、縛られて牢で過ごした日々も現実。見習いの身分を示す白い腰紐の焦げっぷりからすると、広場で炙り焼きにされたのも本当にあった事みたいだ。
少し迷ったが、靴下を握って窓を乗り越え素足で庭に降りた。そこそこ乾いているのを確かめて、軽くかかとのホコリを払ってから靴下とブーツを履く。クツ紐も燃えたらしいが、物置に予備ぐらいあるだろう。
灰色で地味で厚ぼったくて、ドレスとしてはまるでイケてない法服をかぶって銀の留金を止めたら、やっと普通の感覚が戻ってきた。
「…おなか空いた」
ここで働く人や、手続きに来た人を相手に、薄く切ったパンに茹で野菜や塩漬け肉や揚げ魚を載せて売ってた店が近くに…あ、もう商売替えしてたんだった。
よく考えたらお金も持ってない。
しかたない、何か金目の物を見つけて売っぱらうか、直接食べ物と交換してもらおう。
ひらりと窓を跳び越えて戻り、隣の部屋や父さんの部屋、昔使ってた自分の部屋を探してみたが、目ぼしい物は残ってなかった。
普段は上がっちゃいけない事になっていた2階へ行ってみようとホールに出た時、散らかった紙の間に広がる黒い染みが目に飛び込んできた。
「なんでよ…」
あんなバカ親父のために、どうしてあたしは泣いてるんだろう。涙をこぶしでぬぐって、さっきの続きに取り掛かろうと顔を上げたとき、階段の前に若い男が立っているのに気がついた。
「あんた、だれ?」
あっちゃー、もう2階も物色されちゃった後か。なんとか盗品を横取りできないかな。一応ここの娘だし、泥棒の上前はねる権利ぐらいあるよね。ゴネたら軽~くヒネっちゃお。あ、でも、なんかすごく申し訳なさそうな顔してるし、これは脅しつけるだけで言うこと聞いてくれるかも。
「本当にすまなかった」
おっと、脅す前に謝るなんて素直じゃない。ていうか、まだ質問に答えてもらってないんだけど。ひょっとして泥棒じゃなくて知り合い? ヤバい、記憶にない。まさか、昔あたしが小遣い巻き上げた近所の子…じゃないよね。年上っぽいし。うわ、沈黙が痛い。
「この町にこんなイイ男はいたかなぁ。でも顔色悪いわね。
まるで…ヴァンパイアみたい」
こら、なんで黙って目を逸らす。ここは笑うか怒るか突っ込むところ…
「ひょっとして、マジ?」
言ったあたし自身が驚くほど、低い声だった。
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